ポルシェ・928 S4 諸元データ
・販売時期:1986年~1991年
・全長×全幅×全高:4520mm × 1890mm × 1280mm
・ホイールベース:2500mm
・車両重量:1610kg
・ボディタイプ:2ドア クーペ
・駆動方式:FR(後輪駆動)
・エンジン型式:M28/41型
・排気量:4957cc
・最高出力:320ps(235kW)/ 6000rpm
・最大トルク:44.9kgm(440Nm)/ 3000rpm
・トランスミッション:4速AT / 5速MT
・サスペンション:前:ダブルウィッシュボーン / 後:マルチリンク(ヴァイザッハアクスル)
・ブレーキ:ベンチレーテッドディスク(前後)
・タイヤサイズ:前:225/50ZR16 / 後:245/45ZR16
・最高速度:約270km/h
・燃料タンク:100L
・燃費(欧州複合モード):約7〜8km/L
・価格:新車時約1,280万円(日本仕様)
・特徴:
- ポルシェ初のV8フロントエンジンモデル
- 独特な開閉機構のリトラクタブルヘッドライト
- 高性能と快適性を兼ね備えたGTカー
ポルシェといえば911。誰もがそんなイメージを抱くかもしれませんが、実は1970年代のポルシェは、911の次に来る新しい主力モデルを真剣に模索していました。環境規制の波、厳しくなる安全基準、そして911の設計の限界──。そんな時代背景の中で生まれたのが、まったく新しいコンセプトをまとったクルマ、ポルシェ・928です。
フロントに大排気量のV8エンジンを積み、快適な高速巡航を目指して設計された928は、911とは真逆とも言える性格を持つグランドツーリングカーでした。さらにこのクルマには、当時のポルシェの挑戦が随所に込められています。例えば、ポルシェらしからぬオートマチック仕様の存在や、独特な開き方をするリトラクタブルヘッドライト。どれもが、従来の911ファンを驚かせるものでした。
そして、928の魅力はエンジニアリングだけにとどまりません。ある映画の中で928が主役級の存在感を放ったことで、世界中の若者たちに強烈なインパクトを与えたのです。
今回はそんな928の開発秘話から、技術のトピック、カルチャーに与えた影響まで、たっぷりと掘り下げてみましょう。
ポルシェ初のフロントエンジンV8モデル、928誕生の背景
1970年代、ポルシェの未来は決して安泰とは言えませんでした。アイコン的存在だった911も、登場から10年以上が経過し、設計の古さが目立ち始めていたのです。排ガス規制、安全基準といった外的圧力に加え、911のRR(リアエンジン・リアドライブ)レイアウトは、もはや時代遅れではないかと社内でも議論が起こっていました。
そんななか、ポルシェが打ち出したのがフロントエンジン・リアドライブ(FR)方式による新型車の開発計画でした。エンジンは、従来の水平対向6気筒ではなく、まったく新しいV型8気筒。高速道路を優雅にクルーズできる、ラグジュアリーなグランドツアラーが求められたのです。
開発は一筋縄ではいきませんでした。911支持派と928推進派の間には確執もありましたが、ポルシェはあえて新たな市場を開拓する道を選びます。最初のプロトタイプが完成した時、その流麗なボディラインと広々としたキャビン、そして先進的なトランスアクスルレイアウトは、従来のポルシェファンを驚かせたのでした。
1977年、ジュネーブモーターショーで華々しくデビューを飾った928は、翌1978年にはヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞。ポルシェが単なるスポーツカーメーカーにとどまらず、高級GT市場に挑戦できる実力を備えていることを、世に示したのです。
高性能GTカーの実力、928の革新技術と走行性能──ATとリトラクタブルライトの秘密も
928が他のスポーツカーと一線を画していたのは、単にフロントV8を積んでいたからだけではありません。まず注目すべきはトランスアクスル方式。エンジンをフロントに置きながら、トランスミッションをリアアクスルと一体化して配置することで、前後重量配分を理想的な50:50に近づけたのです。この設計によって、928は直進安定性に優れ、長距離移動でも疲れにくいGTカーとしての資質を手に入れました。
さらに、サスペンションにはヴァイザッハアクスルと呼ばれる特殊な構造を採用。コーナリング時にリアタイヤが微妙にトーインすることで、オーバーステアを抑え、抜群の安定感を発揮します。これは今で言う「リアステア」の先駆けとも言える技術です。
また、ポルシェとして初めてオートマチックトランスミッションを本格的に導入したのも928の特徴でした。しかも北米市場を見越して、販売の主力はAT。スポーツカー=MTという常識を覆し、快適なGTカーとしての性格を強調したのです。
そして見逃せないのがリトラクタブルヘッドライト。ただの収納式ではなく、開くときにボンネットとヘッドライトが一体となって回転する独特な動き。まるでクルマが目を覚ますかのようなユニークなデザインは、928の個性を際立たせる大きなポイントとなりました。
映画『卒業白書』で輝いた928──カルチャーアイコンへの道
1983年、若きトム・クルーズが主演を務めた映画**『卒業白書』(Risky Business)**。この作品で重要な役割を果たしたのが、まさにポルシェ・928でした。
劇中でトム・クルーズ演じる高校生ジョエルは、父親の大切な928を無断で運転。劇中、928が湖に沈んでしまうシーンは、観客に強烈なインパクトを残しました。あのシーンは、単なるカーアクションではなく、若者の自由と葛藤、そして責任を象徴するアイテムとして928が使われていたのです。
映画のヒットとともに、928は若者の憧れの的となり、ポルシェブランドそのもののイメージ向上にも一役買いました。クールでスタイリッシュ、しかもどこか反抗的。そんな928の姿は、多くの若者に「これぞ大人のステータスシンボルだ」と思わせたに違いありません。
面白いことに、この映画の影響で、アメリカ市場では911以上に928の人気が高まった時期もあったのです。トム・クルーズと928、この二つのスターが出会ったことは、偶然ではなく、ポルシェが狙ったカルチャー戦略の一環だったのかもしれませんね。
まとめ
ポルシェ・928は、単なる911の後継を目指して生まれたクルマではありませんでした。ポルシェが自らの殻を破り、新たな市場に挑戦するための革命児だったのです。フロントエンジン・リアドライブ、V8ユニット、そして高級GTカーというコンセプト。そこには、ポルシェの未来を切り開こうとする強い意志が込められていました。
しかも928は、単なる技術の塊ではありませんでした。映画『卒業白書』を通して、カルチャーアイコンとしての地位を確立し、多くの若者たちの憧れの存在となったのです。
現代の目で見れば、928はポルシェの中でも異端児かもしれません。しかし、その大胆なチャレンジ精神と、唯一無二の存在感は、今なおクルマ好きたちの心を掴んで離しません。928が教えてくれるのは、ポルシェというブランドの奥深さ、そして革新に挑み続ける勇気なのです。