
マイバッハ・エクセレロ 諸元データ
・販売時期:2005年
・全長×全幅×全高:5,890mm × 2,140mm × 1,390mm
・ホイールベース:非公開
・車両重量:2,660kg
・ボディタイプ:2ドアクーペ(2人乗り)
・駆動方式:FR(後輪駆動)
・エンジン型式:M285型 V型12気筒 ツインターボ
・排気量:5,908cc
・最高出力:700ps(515kW)/5,000rpm
・最大トルク:104kgm(1,020Nm)/2,500rpm
・トランスミッション:5速AT(5G-トロニック)
・サスペンション:前:非公開 / 後:非公開
・ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク(ABS付き)
・タイヤサイズ:315/25 ZR23(前後共通・23インチ)
・最高速度:351km/h(イタリア・ナルド高速テストコースにて記録)
・燃料タンク:非公開
・燃費(JC08モード):非公開
・価格:非売品
・特徴:・世界に1台のみ製作されたワンオフコンセプトカー
・タイヤメーカーの新製品テストのために作られた特殊な生い立ち
・0-100km/h加速4.4秒、最高速351km/hのスーパーカー性能
みなさん、こんにちは!
今日ご紹介するのは、ちょっと変わった生い立ちを持つ1台です。
その名も、マイバッハ・エクセレロです。
マイバッハと聞くと、後部座席でくつろぐVIPのための超高級車、というイメージを持つ方が多いのではないでしょうか。
たしかにその通りなのですが、このエクセレロだけは少し事情が違います。
なんと、生みの親は自動車メーカーではなく、タイヤメーカーです。
しかも、世界中でたった1台しか作られていません。
つまり、この世に1台しか存在しない、正真正銘のワンオフモデルということです。
普通に考えれば、車を作るのは自動車会社の仕事です。
ですが、このエクセレロに関しては「新しいタイヤの実力を試すために、専用の車体まで作ってしまった」という、なんとも贅沢な発想から生まれています。
たとえるなら、新しい靴底の性能を試すために、その靴底専用の靴そのものを一から設計してしまうようなものです。
そこまでする必要があるのか、と思わず突っ込みたくなりますよね。
しかも見た目は1930年代のクラシックカーを思わせる流麗なボディでありながら、中身は最高出力700馬力という怪物級のスペックを備えています。
このギャップこそが、エクセレロという車の最大の魅力だと私は思っています。
さらに、ラッパーのジェイ・Zがミュージックビデオでこの車を走らせたことでも話題になりました。
タイヤメーカーの野望、イタリアの匠が仕上げた美しいボディ、そしてヒップホップ界隈での話題性。
一見バラバラに見えるこれらの要素が、たった1台の車の中に凝縮されているのがエクセレロの面白いところです。
それでは、この不思議で贅沢な1台の物語を、じっくりと紐解いていきましょう。
タイヤメーカーの野望から生まれた1台限りの怪物
エクセレロの誕生を語るうえで欠かせないのが、ドイツのタイヤメーカー、フルダの存在です。
フルダはグッドイヤーの傘下にあるタイヤブランドで、高性能タイヤの新シリーズ「エクセレロ」を開発していました。
このタイヤの性能を証明するには、実際に高速で走らせて限界を試す必要があります。
そこでフルダが出した結論は、実に大胆なものでした。
タイヤの実力を証明するための専用車両を、一から作ってしまおうというのです。
普通のメーカーであれば、既存の市販車にタイヤを履かせてテストするだけで済ませるはずです。
ですがフルダは、そうしませんでした。
実はフルダには前例がありました。
1930年代にも、自社タイヤの高速テストのために、マイバッハをベースにした流線型のクーペを作らせていたのです。
その伝説的な逸話を現代によみがえらせる形で、今回のプロジェクトはスタートしました。
ベースに選ばれたのは、当時マイバッハが誇っていた最高級サルーン、マイバッハ57です。
ただし、ただの高級車をベースにするだけでは足りません。
フルダが課した条件は、時速350キロを超える速度域までタイヤの性能を試せる車にすること、という非常にハードルの高いものでした。
時速350キロといえば、多くのスーパーカーですら到達が難しい領域です。
それを、本来はゆったりと後部座席でくつろぐための高級車をベースに実現しようというのですから、開発陣の苦労は相当なものだったと想像できます。
エンジンはマイバッハ57に搭載されていたV型12気筒ツインターボを大幅に手直しし、排気量を5.9リッターまで拡大しました。
その結果生まれたのが、最高出力700馬力、最大トルク104キログラムメートルという、まさに怪物じみたスペックです。
そしてイタリアのナルド高速テストコースで行われた実走テストでは、理論上ではなく実際に時速351キロを記録しました。
タイヤメーカーの意地とプライドが詰め込まれた、まさに執念の1台と言えるでしょう。
スタジオ・トリノが彫り上げたボディ——50年代の亡霊
エクセレロのもう一つの見どころは、そのデザインです。
このボディを手がけたのは、イタリア・トリノにある名門カロッツェリア、ステューラです。
カロッツェリアというのは、簡単に言えば車体だけを専門に作る職人集団のことです。
日本で例えるなら、量産の枠にとらわれず、一点物の家具を作り続ける老舗の家具工房のようなイメージだと考えると分かりやすいかもしれません。
そんな職人集団が手がけたエクセレロのデザインは、実はドイツの大学生たちのアイデアがベースになっています。
フォルツハイム大学の学生4人が、1930年代のマイバッハSW38という流線型モデルへのオマージュとしてデザインを考案しました。
若い感性と歴史へのリスペクトが融合した、なんとも贅沢なプロジェクトです。
完成したボディは、ロングノーズにクーペルーフという、いかにも往年のレーシングカーを思わせるプロポーションになっています。
一方で、車内に足を踏み入れると、そこには現代のマイバッハらしい豪奢な世界が広がっています。
ダークトーンと差し色の赤を組み合わせたレザーシート、艶やかなカーボンファイバー、そしてアルミの加飾が随所にちりばめられています。
外観はまるで1950年代から抜け出してきたようなクラシックな佇まいでありながら、乗り込めば最新鋭のラグジュアリー空間が待っている。
このギャップこそが、エクセレロというクルマの醍醐味です。
たとえるなら、レトロな外観の喫茶店に入ったら、中は最新式のエスプレッソマシンが並ぶおしゃれな空間だった、というような驚きに近いかもしれません。
さらに面白いのは、シートに装着された赤いハーネス型のシートベルトです。
これはまさに本格的なレーシングカーの装備そのものです。
高級サルーンをベースにしながら、細部にはサーキットを走る本気の1台としての顔がしっかりと息づいているのです。
見た目の美しさと機能美が同居する、稀有な仕上がりと言えるでしょう。
ジェイ・Zのビデオに映った800万ドルの車
エクセレロの名を世界的に有名にしたのが、ヒップホップ界の大物、ジェイ・Zの存在です。
2006年に公開されたミュージックビデオ「ロスト・ワン」の中で、彼はこの黒く輝くエクセレロに乗り込む姿を披露しました。
漆黒のボディと圧倒的な存在感は、まさにミュージックビデオの主役にふさわしい迫力を放っています。
ただし、ここで少し誤解されやすいポイントがあります。
ジェイ・Zがこの車をオークションで落札して所有していた、というエピソードがしばしば語られますが、これは正確ではありません。
実際には、ダイヤモンド業界の実業家が500万ドルでこの車を購入し、その人物がジェイ・Zにビデオ撮影用として貸し出した、というのが実情です。
いわば、レンタルされた1台がスクリーンの中で主役を演じた、というわけです。
とはいえ、世界に1台しかない車がミュージックビデオに登場したというだけでも、十分にドラマチックな出来事です。
たとえるなら、博物館に飾られているはずの貴重な絵画が、ある日突然映画の撮影に貸し出されるようなものです。
その後もエクセレロは、持ち主を転々と変えていきます。
ヨーロッパの実業家の手に渡った後、2011年には再び800万ドルという価格で市場に出回りました。
このとき、別の著名なラッパーが購入を表明したことでも大きな話題を呼びました。
実際に売買が成立したのかどうかは、今でもはっきりとは分かっていません。
たった1台しか存在しない車だからこそ、その所有権をめぐる噂や憶測が絶えないのでしょう。
現在は、メルセデス・ベンツのチューニングを手がける企業の関係者のもとにあるとされ、ドイツの自動車博物館にコレクションの一部として収められています。
タイヤの実験車両として生まれた1台が、いつしか世界一有名な「幻の車」として語り継がれる存在になった。
これほど数奇な運命をたどった車も、そう多くはないはずです。
まとめ
ここまで、マイバッハ・エクセレロという不思議な1台についてご紹介してきました。
改めて振り返ると、この車の面白さは「本来ならありえない組み合わせ」が次々と重なっているところにあると思います。
タイヤメーカーが自動車メーカーを巻き込んで専用車を作ってしまうという発想自体が、まず普通ではありません。
そのうえ、デザインを手がけたのは大学生たちであり、ボディを仕上げたのはイタリアの職人集団という、国境を越えた贅沢なコラボレーションです。
見た目は1930年代のクラシックカーへのオマージュでありながら、中身は時速351キロをたたき出す最新鋭のスーパーカーというギャップも見逃せません。
そしてヒップホップスターのミュージックビデオに登場したことで、自動車の枠を超えたカルチャーの一部にもなりました。
1台の車がここまで多くの物語を背負っているケースは、そう多くはないでしょう。
たった1台しか存在しないからこそ、その所有権は転々とし、真偽の分からない噂まで生まれてしまう。
その一つひとつのエピソードが、この車の伝説をより厚みのあるものにしています。
もし今後、自動車博物館やイベントで実物を目にする機会があれば、ぜひ足を止めてじっくりと眺めてみてください。
ただの高級車でも、ただのスーパーカーでもない、不思議な存在感をきっと感じ取れるはずです。
タイヤメーカーの意地から始まった小さなプロジェクトが、これほど大きな伝説になるとは、当時誰も想像していなかったのではないでしょうか。
エクセレロという名前を聞いたとき、単なる高級車の一つとしてではなく、こうした数奇な物語を背負った1台として思い出していただけたら嬉しいです。