ユーノス・プレッソ(1.8 V6)諸元データ
・販売時期:1991年〜1995年
・全長×全幅×全高:4,195mm × 1,695mm × 1,285mm ・ホイールベース:2,450mm
・車両重量:1,110kg ・ボディタイプ:2ドアクーペ/2ドアカブリオレ
・駆動方式:FF(前輪駆動)
・エンジン型式:K8(V型6気筒)
・排気量:1,844cc ・最高出力:130ps(96kW)/6,500rpm
・最大トルク:15.8kgm(155Nm)/4,500rpm
・トランスミッション:5速MT/4速AT
・サスペンション:前:ストラット / 後:マルチリンク
・ブレーキ:前:ベンチレーテッドディスク / 後:ディスク
・タイヤサイズ:195/60R14 ・燃料タンク:50L
・燃費(10モード):約12.0km/L
・価格:約198万円〜(1991年当時)
・特徴:
・イタリア人デザイナーによる流麗なスタイリング
・ユーノスブランド唯一の2+2クーペ/カブリオレ
・V6エンジン搭載による滑らかな高回転フィール
1991年。 日本はバブル経済の余韻をまだ感じながら、自動車メーカーたちは競うように個性豊かなクルマを世に送り出していました。
そんな時代に、マツダの高級スポーツブランド「ユーノス」から登場した1台が、ユーノス・プレッソです。
ロードスターで一躍有名になったユーノスブランドですが、プレッソはそのロードスターとはまた違うアプローチで「走る喜び」を提案したクルマでした。
2+2のクーペボディに、滑らかに吹け上がるV6エンジン。 見た目も走りも、どこか大人の余裕を漂わせる1台です。
そして見逃せないのが、そのデザインの出自でした。
実はこのプレッソ、マツダの社内デザイナーではなく、イタリアのカロッツェリア文化に触れたデザイナーの感性が色濃く反映されています。
バブル期の日本車にありがちな「豪華さを詰め込む」方向とは一線を画し、抑制の効いたエレガントなラインが当時から評価を受けていました。
さらに、クーペだけでなく電動ソフトトップを備えたカブリオレモデルも設定されており、屋根を開けて風を感じながら走るという、当時としては贅沢な選択肢も用意されていました。
コンパクトなボディサイズながら、乗る人の気分をさりげなく高めてくれる、そんな懐の深さがプレッソにはありました。
今回はそんなユーノス・プレッソの魅力を、デザインの誕生秘話、開発コンセプト、そしてカブリオレモデルの存在という3つの切り口からご紹介していきます。
バブル期の日本が生んだ、少し忘れられかけた名車の物語に、ぜひ最後までお付き合いください。
イタリア人デザイナーが描いた「和製スポーツクーペ」
ユーノス・プレッソのスタイリングを初めて目にした人は、「これ、本当に日本車?」と思ったかもしれません。
それもそのはず、このクルマのデザインには、イタリアのカロッツェリア文化に深く影響を受けた感性が宿っています。
カロッツェリアというのは、簡単に言えばイタリアの老舗車体工房のことです。 フェラーリやランボルギーニのボディを手がけてきた、あの世界観です。
余計な装飾を削ぎ落とし、面そのものの美しさで語りかけてくる、あの独特のデザイン哲学が、プレッソには息づいています。
プレッソのデザインを担当したのは、そのカロッツェリアの空気を肌で知る人物でした。
マツダ社内の通常のプロセスとは異なり、イタリア的な「引き算の美学」がボディラインに反映されています。
バブル期の日本車がともすれば「豪華さ」や「派手さ」に流れがちだった時代に、プレッソは意図的にそこへ向かわなかったのです。
低く構えたノーズ、なだらかに落ちるルーフライン、そして引き締まったリア。
それぞれのパーツが過度な主張をせず、全体として一つの彫刻のようにまとまっています。
ちょうど、余分な音を削ぎ落としてシンプルなメロディで心を打つジャズのバラードのような、そういう静かな美しさです。
全長4,195mm、全幅1,695mmというサイズ感も絶妙でした。
当時の3ナンバー枠を意識しながらも、むやみに大きくならないギリギリのプロポーション。
小さいのに存在感がある、というのはデザインが本当に優れていないと成立しない話で、プレッソはそれをさらりとやってのけていたわけです。
また、インテリアのデザインにも同様の哲学が貫かれていました。
当時の日本車のインテリアはとかく「スイッチをたくさん並べて高級感を演出する」方向に進みがちでしたが、プレッソのコックピットは運転に必要なものが必要な場所に、すっきりと配置されていました。
余計なものを足さない、という姿勢は、乗り込んだ瞬間に「ああ、これは運転するためのクルマだ」という気持ちを自然と引き出してくれます。
日本車のデザインが世界から本格的に注目され始めた時代、プレッソはその最前線に静かに立っていたクルマの一台だったといえるでしょう。
派手に語られることは少なかったけれど、わかる人にはわかる。
そういう、少し奥ゆかしい魅力を持ったクルマだったのです。
ロードスターの弟分? ユーノスブランドが目指した「もう一つの走り」
ユーノス・プレッソを語るとき、どうしても切り離せないのがロードスターとの関係性です。
同じユーノスブランドに属しながら、プレッソはロードスターとはまったく異なるキャラクターを持っていました。
ロードスターが「二人で風を感じる小さなオープンスポーツ」だとすれば、プレッソは「大人が少し余裕を持って乗れるスポーティなクーペ」とでも言うべき存在でした。
開発においてマツダが意識したのは、単なる「速いクルマ」ではなく、「乗り心地と走りの気持ちよさを両立したクルマ」を作るということでした。
そのためにV型6気筒エンジン、いわゆるV6エンジンが選ばれています。
V6エンジンは、直列4気筒と比べて振動が少なく、高回転域まで滑らかに回るのが特徴です。
コーヒーを丁寧にドリップするときの、あの静かな時間の流れに似た、上質な回転フィールとでも言えばいいでしょうか。
後輪サスペンションにはマルチリンク式が採用されていました。
これは複数のアームでタイヤをしっかり支える構造で、コーナリング時の安定性が高くなる仕組みです。
ふだんの運転でいえば、でこぼこ道でも乗り心地が崩れにくく、カーブを曲がるときに車体がピタッと路面に吸いついてくれるイメージです。
FFレイアウト、つまり前輪駆動でありながら、これだけ走りにこだわった設計をしていたのがプレッソの面白いところです。
FR(後輪駆動)でないとスポーツカーじゃない、という声もありますが、プレッソはFFの制約の中で最大限の走りの楽しさを引き出そうとしていました。
ユーノスブランド全体に共通していたのは、「クルマを運転すること自体を楽しんでほしい」という哲学です。
プレッソはその哲学を、ロードスターとは違うかたちで、つまりもう少し日常に溶け込めるスタイルで体現しようとしたクルマでした。
通勤にも使えて、週末のドライブでもちゃんと笑顔になれる。
そういう「ちょうどいい走りのクルマ」として、プレッソは静かに、しかし確かな存在感を持って世に出たのです。
まとめ
ユーノス・プレッソは、1991年から1995年というわずか4年間しか販売されなかったクルマです。
バブル経済の崩壊とともに、華々しく登場したユーノスブランド自体が縮小の道をたどっていく中で、プレッソもその短い生涯を終えました。
それでもこのクルマが今なお語り継がれるのは、時代に媚びなかったデザインと、走りへの誠実なこだわりがあったからではないかと思います。
イタリア的な引き算の美学を持つデザイン、V6エンジンがもたらす滑らかな走り、そして選べるカブリオレという贅沢。
どれもが「当時の日本車としてはちょっと異質だったもの」であり、それがプレッソをほかにはないキャラクターのクルマにしていました。
バブル期の日本は、クルマに夢を乗せていた時代です。
毎日の通勤だけでなく、週末に少し遠くへ出かけるとき、好きな人とドライブするとき、クルマはその日の気分を大きく左右する存在でした。
プレッソはそういう「クルマと過ごす時間を豊かにしたい」という気持ちに、静かに、でも確かに応えようとしていたクルマです。
今ではなかなか見かけることも少なくなりましたが、もし旧車イベントなどでプレッソに出会う機会があれば、ぜひじっくりとそのラインを眺めてみてください。
30年以上前のクルマなのに、不思議と古びた感じがしない。 そのデザインの力を、きっと肌で感じていただけると思います。