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スバル・B9 トライベッカ:航空機コンセプトで挑んだ3列SUV


スバル・B9 トライベッカ 3.0R 諸元データ

  • 販売時期:2005年~2007年頃
  • 全長×全幅×全高:4865mm × 1880mm × 1685mm

  • ホイールベース:2750mm

  • 車両重量:約1900kg

  • ボディタイプ:3列シートSUV

  • 駆動方式:AWD(シンメトリカルAWD

  • エンジン型式:EZ30

  • 排気量:2999cc

  • 最高出力:245ps(約180kW)/6600rpm

  • 最大トルク:30.0kgm(約294Nm)/4200rpm

  • トランスミッション:5速AT

  • サスペンション:前:ストラット / 後:ダブルウィッシュボーン

  • ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク

  • タイヤサイズ:255/55R18

  • 最高速度:約200km/h級

  • 燃料タンク:64L前後

  • 燃費(JC08モード):約8.0km/L 相当(参考値)

  • 価格:新車時おおよそ400万円台前半(日本導入時のイメージ)

  • 特徴:

    • 水平対向6気筒エンジンとAWDを組み合わせた3列シートSUVという個性的なパッケージ

    • 航空機イメージのフロントマスクを採用したデザインコンシャスなモデル

    • レガシィ譲りのシャシーにより、SUVながらオンロード重視のハンドリングを実現

 

スバルを語るとき、多くの人が思い浮かべるのはレガシィインプレッサ、あるいはWRXのようなラリーマシンだと思いますが、静かに、しかし強烈な存在感を放っていたモデルがありました。B9 トライベッカです。ほぼ同じ時期のスバル車のなかに並べてみると、ひと目で「何かが違う」と感じる人が多いはずで、あの独特のフロントマスクは今見ても簡単には忘れられないデザインです。街中で見かけると、思わず首が勝手に回ってしまうタイプのクルマだったと言えます。

2000年代半ば、世界の自動車市場ではSUVとミニバンが急速に勢力を伸ばしていました。中でも北米では、3列シートを備えたSUVがファミリーカーの主役になりつつあり、トヨタ ハイランダー、ホンダ パイロット、フォード エクスプローラーといった顔ぶれが人気を集めていた時代です。そこでスバルが掲げた答えが、レガシィをベースにした3列シートSUVであり、その第一弾として送り出されたのがB9 トライベッカでした。水平対向6気筒エンジンとシンメトリカルAWDを組み合わせ、しかも3列シートという組み合わせは、世界的に見てもかなり珍しいものでした。

ただ、B9 トライベッカは決して「無難なファミリーSUV」ではありませんでした。むしろ、スバルの航空機由来のDNAを前面に押し出し、新しいブランドイメージをつくろうとする野心的なモデルでした。フロントマスクの造形から車名の「B9」という記号的な響き、そしてインテリアのデザインまで、随所に「未来のスバル」を感じさせる試みが詰め込まれていたように感じます。少し背伸びをしたスバルが、世界市場に向かって自分の新しい顔を提示しようとした挑戦だったとも言えるはずです。

この原稿では、そんなB9 トライベッカの魅力を三つの角度から掘り下げていきます。まずは多くの人の記憶に焼き付いている、航空機コンセプトのフロントマスクと「B9」という名前に込められた意味について見ていきます。次に、北米のファミリー市場に挑んだ3列シートSUVとしてのリアルな姿を追いかけ、実際にユーザーの生活の中でどんなポジションを目指していたのかを考えてみます。そして最後に、3.0L水平対向6気筒エンジンとシンメトリカルAWDがもたらした走りの世界に触れ、スバルらしさがどのように表現されていたのかを振り返ってみたいと思います。

B9 トライベッカは、販売面では決して大成功とは言えないモデルでしたが、**スバルが何を考え、どこへ向かおうとしたのかを示す「考え方の化石標本」**のような存在です。市場の求めるものとメーカーの理想のあいだで揺れ動いた、その中間点に生まれたクルマとも言えます。そうした背景を踏まえて眺めると、あの独特な顔つきも、ただ奇抜なデザインとして片付けてしまうには惜しい、なかなか味わい深い挑戦に見えてきます。

航空機コンセプトが生んだB9 トライベッカの顔

B9 トライベッカでもっとも印象的なのは、やはりフロントマスクです。ヘッドライトの間に配置された三分割グリルは、航空機のエアインテークジェットエンジンの吸気口をイメージしたものと言われています。中央の逆三角形と、左右に広がるラインの組み合わせによって、ノーズ全体がひとつの「顔」というより「機械の機能的な部位」として強く主張している点が面白いところです。この造形は、スバルがもともと航空機メーカーとして出発した歴史を視覚的に表現しようとしたものだと考えられます。つまり、単なる装飾ではなく、ブランドの原点を思い出させるシンボルだったということです。

ただし、そのチャレンジングな造形は、必然的に評価を二分することになりました。丸みを帯びたボディと組み合わさった結果、フロント周りがどこか有機的で、見る人によっては「愛嬌がある」と感じる一方で、「なんとも言えない違和感がある」と戸惑う人も少なくありませんでした。日本の街中で見かけると、周囲のクルマとの雰囲気の違いが際立ち、まるでSF映画の小道具が紛れ込んだような印象を受けた方も多かったと思います。まさに、信号待ちで隣に並んだらつい凝視してしまうタイプのデザインです。

車名の「B9」にも少し意味深なニュアンスが込められていました。「B」はボクサーエンジン(水平対向)、あるいは「ビルディングブロック(基礎となる要素)」を示し、「9」はスバルの新しいコンセプトラインを示す番号として使われたと解釈できます。コンセプトカーのB9スクランブラーからの流れを汲み、量産SUVとしてまとめ上げたのがB9 トライベッカでした。つまりこのモデルは、単なる新型SUVではなく、これからのスバルのデザインと技術の方向性を実験的に示すショーケースでもあったわけです。ダッシュボードの形状やセンターコンソールの波打つようなラインにも、その「未来志向」の感覚が色濃く反映されています。

インテリアに目を向けると、センターパネルからコンソールへ滑らかにつながる造形が特徴的で、当時のスバルとしてはかなり大胆なデザインでした。メタリック調のパネルと曲線的なラインの組み合わせは、どこかヨーロッパ車の雰囲気も漂わせていますが、メーターは視認性を重視したオーソドックスなものにまとめられていて、攻めすぎないバランスも意識されていたように感じます。こうした内外装のディテールを見ると、B9 トライベッカは「単に変わったクルマ」ではなく、スバルが真剣に新しいブランド像を模索した結果として生まれた、一つの答えだったことがよく分かります。

北米ファミリー市場への挑戦と3列シートSUVとしてのリアル

B9 トライベッカが狙ったメインターゲットは、言うまでもなく北米のファミリー層でした。2列シートのアウトバックフォレスターで一定の評価を得ていたスバルにとって、「3列シートSUV」は未踏の領域であり、より広い市場で戦うための新しい武器が必要だと判断されたのだと思います。当時の北米市場では、トヨタ ハイランダーやホンダ パイロットといった3列シートSUVが家族用のメインカーとして定着しており、そこに食い込むことができれば、ブランド全体の販売ボリュームを大きく押し上げる可能性がありました。

室内パッケージングを見ると、レガシィ系プラットフォームをベースにしながらも、2列目と3列目のシートアレンジに相当な工夫が凝らされています。2列目はスライド機構を備え、3列目へのアクセスを確保しつつ、日常的には2列目を広く使えるように調整されています。3列目は決して広大とは言えませんが、子どもを乗せることを前提にすれば必要十分なスペースが確保されていました。荷室も、3列目使用時はややタイトながら、3列目を倒せばしっかりとした荷物スペースが現れ、キャンプ道具やスポーツ用品を積み込むファミリーカーとしての機能は一通り押さえられていました。

しかし、実際の市場ではライバルとの差が厳しく突きつけられることになります。B9 トライベッカは外寸のわりに室内がややタイトで、特に3列目の快適性は大型SUVと比べると不利でした。さらに、デザインが個性的すぎたこともあり、「家族全員が納得する一台」を探している層にはハードルが高かった面があります。燃費も3.0L水平対向6気筒+AWDという構成ゆえに決して良好とは言えず、ガソリン価格の高騰が続いていた北米市場では、この点も購買意欲を鈍らせる要因になりました。いわば、プロダクトの魅力とマーケットの現実が微妙に噛み合わなかったSUVだったと言えるかもしれません。

それでも、B9 トライベッカはスバルにとって重要な経験を残しました。3列シートSUVというジャンルで得られた知見は、その後の北米専用モデルや大型SUV開発に活かされていきますし、ブランドとして「どこまで大胆にデザインを振るべきか」という判断基準にも影響を与えたはずです。実際、その後のスバル車のデザインは、より広い層に受け入れられる方向へと舵を切っていきますが、そこにはB9 トライベッカでのチャレンジと反省が反映されているように見えます。静かな存在ながら、スバルの北米戦略におけるひとつのターニングポイントだったという見方もできると思います。

3.0L水平対向6気筒とシンメトリカルAWDが描いた走りの世界

走りの面に目を向けると、B9 トライベッカにはスバルならではの美点がしっかりと宿っています。心臓部となるのは、3.0LのEZ30型水平対向6気筒エンジンです。レガシィアウトバックでも定評のあったユニットで、回転の滑らかさと静粛性、そしてフラットなトルク特性が持ち味でした。このエンジンを縦置きに搭載し、その後方にトランスミッションを直結、そのまま前後デフへと力を伝えるシンメトリカルAWDレイアウトは、重量配分と駆動系のバランスに優れ、直進安定性とコーナリングの自然な挙動に貢献していました。

車両重量は約1.9トンとそれなりに重く、245ps前後という出力は数値だけを見ると余裕たっぷりとは言えませんが、実際の走行フィールはかなり上質なものでした。発進時こそ穏やかな加速ですが、高速道路の合流や追い越しでは、回転を引き上げるとスムーズに伸びていき、ロングドライブで疲れにくいタイプのパワーデリバリーを見せてくれます。一般道のコーナーでも、フロア下の重心が低いこととAWDの安定感のおかげで、背の高いSUVということを意識させない自然な身のこなしを見せました。アウトバックの延長線上にある「オンロード志向の走り」を、3列シートSUVというパッケージで実現したクルマだったと言えます。

もちろん、いいことばかりではありませんでした。車重に対してパワーはギリギリのバランスで、フル乗車や荷物満載の状態では、もう少し余裕が欲しいと感じられる場面もあったはずです。変速機が5速ATだったこともあり、急な登り坂や高速道路でのキックダウンでは、エンジン回転が大きく跳ね上がる場面もありました。また、3.0L+AWDの組み合わせによる燃費の厳しさは避けようがなく、ガソリン価格に敏感なユーザーには心理的なハードルとなりました。それでも、ステアリングを握ったときの安心感や、荒れた路面でも車体が落ち着いている感覚は、間違いなくスバルらしい美点でした。

B9 トライベッカの走りを総合的に眺めると、「速さ」よりも「安心感」と「上質さ」を優先したチューニングだったことが見えてきます。レガシィの延長線上にあるグランドツアラー的なキャラクターを、ファミリー向け3列シートSUVに持ち込もうとした、と表現してもいいかもしれません。結果として、数字上のスペックや燃費で他社SUVに見劣りする部分はあったものの、ハンドルを握った人にだけ伝わる魅力を持ったクルマだったことは確かだと思います。そこに価値を見いだすオーナーにとって、B9 トライベッカは静かに長く付き合える相棒になったはずです。

まとめ

B9 トライベッカは、スバルのラインナップのなかでも少し特殊な位置にいるモデルです。レガシィインプレッサのように大量に売れたわけでもなく、WRXのようにモータースポーツで華々しい戦績を残したわけでもありません。しかし、航空機をモチーフにした大胆なフロントマスク、新しいブランドイメージを託された「B9」という車名、3列シートSUVとして北米ファミリー市場に挑んだパッケージング、そして3.0L水平対向6気筒とシンメトリカルAWDがもたらした独特の走りなど、ひとつひとつの要素を丁寧に見ていくと、スバルの野心と試行錯誤が詰め込まれた一台であったことがよく分かります。

デザイン面では、その個性の強さゆえに賛否が大きく分かれましたが、裏を返せば、それだけ明確なメッセージを持つクルマだったということでもあります。無難で安全なデザインに落ち着く誘惑を振り切り、あえてブランドの原点である航空機のイメージを前面に押し出した姿勢は、今振り返ってもなかなか勇気のある決断だったと言えます。市場の反応は厳しいところもありましたが、その経験がのちのスバル車のデザイン戦略に活かされていると考えると、B9 トライベッカは「失敗作」ではなく「必要なステップ」だったという見方もできるはずです。

3列シートSUVとしては、室内空間や燃費、価格の面で強力なライバルに対して不利な点も抱えていましたが、レガシィ譲りのしっかりした足回りとフラットシックスの滑らかなフィーリングは、数字には表れにくい魅力をもたらしました。特に、家族を乗せて長距離ドライブに出かけるときの安心感は、スペックシートの比較だけでは測れない価値だったと思います。そう考えると、B9 トライベッカは「すべての人に向けたSUV」ではなく、「自分の感性に合うクルマを選びたい人」に向けた少し通好みの選択肢だったのかもしれません。

今、街でB9 トライベッカを見かけることは多くありませんが、だからこそ、出会えたときの嬉しさがあります。駐車場の片隅に静かに佇むその姿には、2000年代のスバルが抱いていた夢と挑戦の残り香が宿っているように感じられます。スバル好きはもちろん、クルマの歴史やメーカーの戦略の変遷に興味がある人にとって、B9 トライベッカは一度じっくりと向き合ってみる価値のある一台です。個性的な顔つきの向こう側にある文脈を知ると、このクルマは途端に、ただの珍車ではなく、スバルの未来を模索した過渡期の象徴として、別の姿を見せてくれると思います。