
BYD・元(2代目) 諸元データ
・販売時期:2015年~2019年頃
・全長×全幅×全高:4360mm × 1785mm × 1680mm
・ホイールベース:2660mm
・車両重量:1620~1720kg(仕様により異なる)
・ボディタイプ:5ドアSUV
・駆動方式:FF / 4WD(PHEV「DM」含む)
・エンジン型式:BYD自主開発 直列4気筒
・排気量:1.5L ターボ
・最高出力:154ps(113kW)/ 5200rpm(ガソリン)
・最大トルク:24.0kgm(240Nm)/ 1750-3500rpm
・モーター出力(DM):110kW前後 × 2基(フロント+リア)
・トランスミッション:6速DCT(ガソリン) / 電気式CVT(DM)
・サスペンション:前:マクファーソンストラット / 後:マルチリンク
・ブレーキ:前後ディスク
・タイヤサイズ:215/55R17
・最高速度:185km/h(ガソリン) / 160km/h(EV)
・燃料タンク:50L
・燃費(PHEVモード):約70km/L相当(中国基準)
・EV航続距離:最大300km(当時)
・価格:9万〜20万元(約150〜300万円)
・特徴:
- ガソリンに加え、PHEV「元DM」、EV「元EV」を展開
- 「Dragon Face」デザインの前夜、独自性を模索したスタイリング
- 中国NEV補助金政策とリンクし、BYDの新エネルギー車戦略を加速
2015年、中国の自動車市場はすでに世界最大規模へと成長していました。その中で大きなテーマとなっていたのが「新エネルギー車(NEV)」、つまり電動化へのシフトです。政府が補助金や優遇政策を打ち出し、各メーカーが一斉にEVやPHEVの開発へと動き始めました。BYDにとって、この流れはまさに追い風でした。バッテリー事業で培った技術を武器に、自社を「中国のEVメーカー」として確立する絶好のチャンスだったからです。
そんな背景で登場したのが、2代目「元」でした。初代はガソリンSUVとして市場に定着する役割を担っていましたが、2代目ではその役割が大きく変わります。単なるSUVではなく、BYDの「電動化戦略を体現する象徴」へと進化したのです。ラインアップには従来型のガソリン車に加え、プラグインハイブリッドの「元DM」、そして完全電動の「元EV」が用意され、まさに過渡期の自動車市場を象徴するバリエーションとなりました。
デザイン面でも、初代の“参考スタイル”から一歩進み、独自性を模索する姿勢が見え始めました。フロントマスクには未来感を意識した意匠が盛り込まれ、内装もデジタルメーターや大型ディスプレイを取り入れるなど、EV時代を意識した演出が随所に施されました。当時の中国ユーザーにとって、これらは単なる装飾ではなく「先進性の証」として大きな意味を持っていたのです。
2代目「元」は、単なる一モデルにとどまらず、BYD全体の成長を牽引しました。補助金政策を追い風にEVやPHEVの販売が急増し、BYDが国内で確固たる地位を築く基盤となったのです。今振り返ると、2代目「元」は「BYDが本当の意味でEVメーカーになった瞬間」を体現した車だったと言えるでしょう。
登場背景とデザイン
2015年に登場した2代目「元」は、初代とは全く異なる使命を担っていました。初代がSUV市場に参入するための“入り口”だったとすれば、2代目はBYDが「電動化メーカー」として存在感を高めるための“旗印”でした。当時の中国は政府主導で新エネルギー車(NEV)の普及を後押ししており、補助金や税制優遇によってEVやPHEVが次々と投入される環境が整っていました。BYDにとっては、もともと強みを持っていたバッテリー技術を活かせる絶好の舞台が整ったわけです。
そのような背景のもとで設計された2代目「元」は、外観からして「これまでとは違う」という印象を与えるものでした。初代がトヨタRAV4を強く意識したオーソドックスなSUVスタイルだったのに対し、2代目ではより未来志向のエッセンスを取り入れていました。例えばフロントフェイスは鋭いラインで構成され、ヘッドライトは細く切れ上がったデザインとなり、従来よりもアグレッシブな印象を持たせています。グリル周りにはメッキパーツを大胆に配置し、都会的で洗練された雰囲気を打ち出しました。
内装も大きな進化を遂げています。センターコンソールには大型の液晶ディスプレイが配置され、メーターパネルもデジタル表示を採用しました。これらはEVやPHEVの存在感をアピールするための演出でもあり、「テクノロジーに強いBYD」というブランドイメージを強める狙いがありました。中国の消費者にとって、デジタル化されたインテリアは一種の先進性の象徴であり、特に若い世代からは「未来を感じさせる車」として評価されました。
興味深いのは、この2代目「元」が後の「Dragon Face」デザイン言語につながる過渡期のモデルであったことです。デザインディレクターのヴォルフガング・エッガー(元アウディのデザイナー)が本格的に手がける前夜にあたるため、まだ完全な統一感はありませんが、既に「独自の顔を持ちたい」という意志は表れていました。結果として、初代の“似ている車”から脱却し、「自分たちのデザインで勝負する」という段階へ移行する橋渡しの役割を果たしたのです。
全体のプロポーションは初代から大きく変わらず、都市部でも扱いやすいコンパクトSUVのサイズを維持していましたが、細部のデザインや装備によって「より高級感のある一台」に進化しました。これによって、競合が多い市場の中でも「安さだけではなく、先進性で選ばれるBYD」を演出することに成功したのです。
こうした背景とデザインの変化を踏まえると、2代目「元」は単なるフルモデルチェンジではなく、BYDが新しい時代へ向かう決意を示したモデルであったことが分かります。SUVであると同時に“新エネルギー車の顔”として生まれ変わった点こそが、この車の最大の特徴だったのです。
PHEV「元DM」とEV「元EV」の展開
2代目「元」の大きな特徴は、ガソリン車だけでなく、プラグインハイブリッドの「元DM」と完全電動モデルの「元EV」を同時に展開した点にありました。これによって「元」という名前は、単なる一つのSUVシリーズから、BYDの電動化戦略を象徴するブランドへと進化していったのです。
まず注目すべきは「元DM」です。DMは“Dual Mode”の略で、ガソリンエンジンと電気モーターを状況に応じて切り替え、あるいは組み合わせて走ることができるシステムでした。搭載されていたのは1.5リッター直列4気筒ターボエンジンに加え、フロントとリアにモーターを配置した電動4WDシステム。システム総合出力は400馬力を超え、0-100km/h加速はわずか5秒台という、スポーツカー並みのパフォーマンスを誇りました。SUVという実用的なボディにこれだけの性能を与えたことは、中国市場に大きな衝撃を与え、「環境性能と走行性能は両立できる」というメッセージを強烈に打ち出したのです。
一方の「元EV」は、BYDが本格的に市場へ送り込んだコンパクトSUV型の電気自動車でした。当初の航続距離は200km程度と短めでしたが、改良を重ねるごとに300km、さらに400kmへと伸び、日常使いには十分な性能を確保しました。中国政府が進めていたNEV補助金政策との相乗効果もあり、都市部のユーザーを中心に人気を集めました。特に「手頃な価格で買えるEV SUV」として、ファミリー層や若年層のEV入門車としての役割を果たしました。
この「元DM」と「元EV」の投入は、BYDにとって戦略的に非常に重要でした。なぜなら当時の市場は、EVとガソリン車のどちらに軸足を置くべきか、まだ明確な答えが出ていなかったからです。消費者も「EVに興味はあるけれど、航続距離やインフラが心配」と感じていました。そこでBYDは、両方の選択肢を同時に提供することで、幅広いユーザーのニーズに応えたのです。EVに抵抗のある人はDMを選び、思い切って次世代のライフスタイルに挑戦したい人はEVを選ぶという柔軟な展開が、BYDの販売拡大を後押ししました。
加えて、元DMはその高性能ぶりからモータースポーツの世界にも姿を現しました。中国国内で開催されたワンメイクレースやイベントでは、DMの加速力と4WD性能が話題を呼び、BYDブランドのスポーティな側面をアピールする場となりました。これによって「BYD=環境だけのメーカー」というイメージを払拭し、「速くて楽しい車も作れるメーカー」へと印象を広げることに成功しました。
総じて言えば、2代目「元」に設定されたDMとEVは、BYDが新エネルギー車市場で主導権を握るための両輪だったのです。彼らはただの派生グレードではなく、BYDの未来を切り拓くための実験であり挑戦でした。そしてその挑戦が功を奏したからこそ、今日のBYDが世界のEV市場で存在感を発揮しているのだと言えるでしょう。
中国市場での評価と戦略的役割
2代目「元」が市場に投入された2015年、中国はすでに世界最大の自動車市場となっていました。ガソリン車の販売は依然として多かったものの、政府が掲げる新エネルギー車(NEV)普及政策によって、消費者の関心は少しずつEVやPHEVへとシフトし始めていました。そんな中で、ガソリン・PHEV・EVをそろえた「元」は、まさに時代の変化を象徴するモデルとして登場したのです。
中国国内での評価はおおむね好意的でした。まず価格の面で、補助金を適用した場合「元EV」や「元DM」は従来のガソリンSUVと大きな差がなく、むしろ都市部では燃料費や維持費の安さから「賢い選択」と見なされました。また、DMの高性能ぶりは口コミで大きな話題となり、「環境に優しいのに速い」という二律背反を克服した点が新鮮に映ったのです。特に若い層や都市部のファミリー層から「次世代のSUV」として支持を集めました。
もちろん課題もありました。初期のEVモデルでは充電インフラ不足が不満として語られましたし、品質面では欧州や日本のメーカーと比べると仕上げの甘さが指摘されました。しかし、当時の消費者は価格と先進性のバランスを重視しており、「完璧さ」よりも「手の届くEV体験」を優先しました。こうした環境がBYDにとって追い風となり、「元」シリーズはEVシフトの入口として重要な役割を果たしたのです。
戦略的な意味合いでも、この2代目「元」は非常に重要でした。BYDは同時期にセダン型の「秦」やコンパクトカーの「e6」などを展開していましたが、それらと並んでSUVの「元」が加わったことで、製品ラインアップの幅が一気に広がりました。SUV人気の高い中国市場において、電動SUVを用意したことは競争力の強化につながり、BYDがNEV市場でトップシェアを握るきっかけにもなりました。
さらに、2代目「元」は海外展開を意識した最初のモデルの一つでもありました。実際にEV仕様は南米や中東へ輸出され、一部はヨーロッパ市場への試験的導入も行われました。これにより「中国国内だけでなく、海外でも戦えるEV SUV」というイメージを作り出すことに成功しました。国際市場にBYDの名前を広めるうえで、この車の果たした役割は大きかったのです。
総合的に見れば、2代目「元」は販売台数の面で突出した存在ではありませんでしたが、BYDの戦略を体現する重要な一台でした。ガソリン車ユーザーをつなぎ止めつつ、PHEVやEVへと誘導する橋渡し役を担い、中国のEV市場拡大を後押ししました。今日、BYDが世界的なEVメーカーとして認知されるようになったのは、この2代目「元」が市場で実績を積み、ユーザーからの信頼を獲得したことが大きく貢献しているのです。
まとめ
2代目「元」は、BYDの歴史において重要な転換点を示すモデルでした。初代がSUV市場への参入を果たした“入口”だったのに対し、2代目は「新エネルギー車メーカーとしてのBYD」を世界に印象付ける役割を担ったのです。ガソリン車だけでなく、PHEVの「元DM」とEVの「元EV」を同時に展開したことで、消費者に幅広い選択肢を提示し、時代の変化に柔軟に対応するブランドイメージを築き上げました。
特に「元DM」は、SUVながらスポーツカーに匹敵する加速性能を備え、中国市場に「速さも楽しめる環境対応車」という新しい価値観をもたらしました。一方の「元EV」は、補助金政策と相まって都市部のファミリーや若年層から「手の届く電気SUV」として受け入れられ、BYDのEVシフトを後押ししました。両モデルは単なる派生グレードではなく、BYD全体の方向性を決定付ける戦略的存在だったのです。
市場評価においても、品質や仕上げに対する厳しい意見はあったものの、価格と先進性のバランスによって多くのユーザーを納得させました。加えて、輸出を通じて海外市場への足がかりを築いた点も見逃せません。2代目「元」がなければ、現在のBYDが「世界で戦えるEVメーカー」としての地位を築くことは難しかったでしょう。
総じて言えば、2代目「元」は**「BYDをEV時代の本格プレイヤーへと押し上げた立役者」**でした。地道に積み上げた実績が後の「元Pro」や「元PLUS」へとつながり、現在のグローバル展開を支える基盤となったのです。