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スタッツ・ブラックホーク:黄金に輝く、ハリウッドの伝説的グランドツアラー

スタッツ・ブラックホーク(1971年式) 諸元データ

・販売時期:1971年〜1987年
・全長×全幅×全高:5930mm × 1820mm × 1360mm
ホイールベース:3040mm
・車両重量:約2300kg
・ボディタイプ:2ドアクーペ
・駆動方式:FR(後輪駆動)
・エンジン型式:GM製V8(ポンティアック428/455)
・排気量:7.5L(7,456cc)
・最高出力:425ps(313kW)/ 4600rpm
・最大トルク:69.2kgm(678Nm)/ 3200rpm
トランスミッション:3速AT(GMターボハイドラマチック)
・サスペンション:前:ダブルウィッシュボーン / 後:リジッドアクスル
・ブレーキ:前後ディスク
・タイヤサイズ:225/75R15
・最高速度:約210km/h
・燃料タンク:98L
・燃費(推定):約3〜4km/L
・価格:当時約2万2,500ドル(1970年代初頭のキャデラックの約2倍)
・特徴:
 - イタリア製ハンドビルドボディ
 - 24金メッキパーツ採用
 - エルヴィス・プレスリーが最初のオーナー

 

1970年代のアメリカ。排ガス規制やオイルショックの影響で、多くのメーカーがパワーを抑えた実用的な車へと移行していく中、あえてその流れに逆らうように登場したのがスタッツ・ブラックホークでした。古典的なロングノーズ・ショートデッキのプロポーションに、金メッキのグリルや贅沢な内装をまとったその姿は、まるでハリウッド映画から飛び出してきたような豪奢さを放っていました。

この車は、単なる移動手段ではありません。所有することそのものがステータスであり、自己表現の象徴でした。製造はイタリア・トリノの職人たちが担当し、ボディはすべて手作業で仕上げられます。完成したシャシーアメリカへ送られ、ポンティアック製のV8エンジンが搭載されるという、手間とコストを惜しまない構成でした。その結果、1台の価格は当時のキャデラックの2倍以上。それでもセレブリティたちはこぞって注文したのです。

エルヴィス・プレスリーを筆頭に、フランク・シナトラやサミー・デイヴィスJrなど、当時のスーパースターたちがブラックホークを愛用していました。彼らにとってこの車は、成功と個性の象徴であり、走る舞台衣装のような存在でした。現代の視点で見ても、そのデザインは奇抜でありながら、どこか優雅。時間を超えて輝く“アメリカン・デカダンス”の象徴と言えるでしょう。

 

ハリウッドが恋したラグジュアリーカー:エルヴィス・プレスリーブラックホークの関係

スタッツ・ブラックホークという名前を語るうえで、エルヴィス・プレスリーの存在は欠かせません。1971年、世界で最初にブラックホークを購入したのが彼でした。当時、彼はすでにロックンロールの頂点に君臨する存在。そんな彼が惚れ込んだのが、このアメリカ車離れしたラグジュアリークーペでした。納車時の価格は約2万5,000ドル、今の感覚で言えば高級住宅が買えるほどの金額です。それでもエルヴィスは迷わず契約し、愛車として乗り回しました。

ところが、納車からわずか数日後、彼は早速事故を起こしてしまいます。フロントを大きく損傷したその車は修復不能となり、エルヴィスは同じモデルを再注文します。つまり、彼はブラックホークを2台も所有していたのです。この出来事は、単なる事故ではなく、彼がどれほどこの車に惚れ込んでいたかを物語っています。彼のガレージにはキャデラックやリンカーンなど、当時の高級車がずらりと並んでいましたが、ブラックホークだけは特別な存在でした。

ブラックホークの独特なスタイルは、まさにエルヴィスのイメージと重なります。長いボンネットにきらびやかなクローム、そして24金メッキのグリル。派手さと品格が絶妙に同居するデザインは、舞台衣装のような存在感を放ちました。彼はステージでもプライベートでも「誰よりも目立つこと」を好み、その精神がこの車に完璧に表現されていたのです。結果、彼が乗るブラックホークはハリウッドのステータスシンボルとなり、フランク・シナトラディーン・マーティンなどのスターたちが次々と購入するきっかけとなりました。

エルヴィスが亡くなった今でも、彼の所有したブラックホークはファンの間で伝説となっています。現在、グレイスランド(彼の邸宅)にはその1台が保存され、まるで彼の魂を宿すように輝きを放っています。ブラックホークは単なる車ではなく、エルヴィスという時代そのものを映し出した“走る王冠”だったのです。

 

職人による“走る工芸品”――スタッツが生んだ唯一無二のデザイン哲学

スタッツ・ブラックホークを一目見た瞬間、その造形に息をのむ人は多いでしょう。ボンネットは異常なほど長く、フロントグリルは金メッキで輝き、後輪フェンダーは古典的なクラシックカーを思わせる優雅な曲線を描いています。現代の車が「機能美」を追求するのに対し、ブラックホークは**“存在そのものが芸術”**という思想で作られた車でした。

デザインを担当したのは、イタリアの名門カロッツェリアガリアンディ」出身の職人たちです。ボディはローマで製造され、職人が一枚ずつ手で金属パネルを成形していました。そのため、1台を作るのに数ヶ月を要し、すべてが微妙に異なる“個体差”を持っていました。この“ゆらぎ”こそが、量産車には決して出せない温かみを生み出していたのです。さらに、塗装は通常の車の数倍の工程を経て仕上げられ、深いワインレッドやジェットブラックのボディは、光の加減で表情を変える芸術品のようでした。

内装もまた圧巻でした。手縫いのコンリー・レザーが惜しみなく使われ、インパネには本物のウォールナットウッド、そして24金のスイッチが輝きます。ラジオは世界初のCDプレーヤーを備えたと言われるほど、時代を先取りしていました。シートの柔らかさや香り、ドアを閉めるときの重厚な音に至るまで、まるで高級ヨットのキャビンに包まれているような感覚を与えました。

こうした贅沢は、実用性よりも「特別な存在感」を追求した結果です。スタッツは“手作りの贅沢”を信条としており、1台ごとに顧客の好みに合わせて仕立てるオーダーメイド方式を採用していました。つまり、同じブラックホークは二つと存在しなかったのです。大量生産の波が押し寄せていた1970年代に、あえてこの手間のかかる道を選んだスタッツは、まさに時代への挑戦者でした。そこには、**「車は工業製品である前に、芸術である」**という強烈な信念が息づいていたのです。

 

ポンティアックの心臓を宿した“超アメリカンGT”の実力

スタッツ・ブラックホークは、その豪華絢爛な外観に目を奪われがちですが、走りもまた驚くほどパワフルでした。ベースとなったのはポンティアック・グランプリ。そこに搭載されたのが、当時アメリカを代表する大排気量エンジン、GM製7.5リッターV8です。最高出力425馬力、最大トルクは約70kgmという途方もない数字。巨大なボディを悠々と引っ張るその力強さは、まさに“アメリカンGT”の名にふさわしいものでした。

このエンジンは、アクセルを軽く踏み込むだけで分厚いトルクを発生し、街乗りでも余裕たっぷり。重さ2トンを超える巨体でありながら、滑るように進む姿はどこか優雅で、まるでクルーザーのようでした。トランスミッションGMの3速AT「ターボハイドラマチック」。シフトショックの少ない滑らかな動きで、力強さと快適性を両立していました。足回りはフロントがダブルウィッシュボーン、リアがリジッドアクスルという構成で、アメリカ的な柔らかい乗り味を重視。高速道路を長距離走ることを前提としたグランドツアラーらしい仕立てでした。

しかし、ブラックホークが真価を発揮するのは速度ではなく存在感です。時速200km/hに届く性能を持ちながら、むしろゆったりと流すほうが似合う車でした。エンジンの低い鼓動とともに、分厚いレザーのシートに身を沈める。その瞬間、オーナーは世界の喧騒から切り離されたような静けさを感じたといいます。スタッツはスポーツカーではなく、“ラグジュアリーGT”を名乗るにふさわしい哲学を貫いていました。

当時のヨーロッパにはフェラーリアストンマーティンといった高級GTがありましたが、ブラックホークはそれらとは異なる方向を目指していました。精密さや軽快さではなく、力と威厳で人を圧倒する。そのアメリカ的な大胆さは、同時代のどの車にもない魅力でした。エルヴィスがこの車を愛した理由の一つも、まさにこの“力強い美学”にあったのかもしれません。

 

まとめ

スタッツ・ブラックホークは、単なる高級車ではありませんでした。それは、1970年代という時代にあって「夢」を具現化した一台でした。大量生産と合理化が進む中で、手作業で作られる芸術品のような車が存在していたこと自体が奇跡です。しかも、それを支えたのは、エルヴィス・プレスリーフランク・シナトラといった時代の象徴たち。彼らがこの車を選んだのは、単に高価だからではなく、自分の人生そのものを映し出す“象徴”としてふさわしかったからでしょう。

そのデザインはクラシックでありながらどこか未来的で、エンジンは重厚でありながら滑らかに鼓動する。乗る人の心を包み込むような柔らかさと、見る人を圧倒する存在感が同居していました。こうした二面性こそがブラックホークの魅力です。時代が進み、効率と環境性能が最優先される現代においても、ブラックホークのような「美と狂気を両立した車」はなお輝きを放っています。

もしこの車に再会できたなら、きっと誰もが思うはずです。車というのはただの移動手段ではなく、人生の一部であり、感情を映す鏡なのだと。スタッツ・ブラックホークは、今なおそのことを静かに語りかけてくれる存在です。