
ジェネシス・G90(初代・DH型/EQ900) 諸元データ
・販売時期:2015年12月〜2021年
・全長×全幅×全高:5,205mm × 1,915mm × 1,495mm
・ホイールベース:3,160mm
・車両重量:2,140kg〜2,300kg
・ボディタイプ:4ドアセダン
・駆動方式:FR/AWD
・エンジン型式:V6 3.3Lツインターボ、V6 3.8L、V8 5.0L
・排気量:3,342〜5,038cc
・最高出力:282〜425ps(207〜312kW)
・最大トルク:36.0〜52.0kgm(353〜510Nm)
・トランスミッション:8速AT
・サスペンション:前:マルチリンク/後:マルチリンク
・ブレーキ:ベンチレーテッドディスク
・タイヤサイズ:前後245/45R19(グレードにより異なる)
・燃料タンク:77L
・燃費(韓国公表値・複合モード):約8.0〜9.5km/L
・価格:7,700万〜1億1,900万ウォン(約850万〜1,300万円)
・特徴:
1. ブランド独立後初のフラッグシップセダンとして誕生
2. 「EQ900」名でデビュー、のちに「G90」へ統一
3. 静粛性・乗り心地を徹底追求した“韓国のSクラス”
2015年、韓国の自動車業界にとってひとつの節目となる出来事がありました。現代自動車が新たに立ち上げた高級ブランド「ジェネシス」から、初のフラッグシップセダンが登場したのです。その名はEQ900(後にG90)。この車こそ、のちに世界の高級車市場に挑むジェネシスブランドの出発点でした。
それまでの韓国車といえば、コストパフォーマンスと実用性を重視する傾向が強く、高級車といえばドイツや日本の輸入車が主役でした。しかし現代自動車は、「韓国にも誇れるラグジュアリーカーを」という目標を掲げ、社運をかけてこのEQ900を開発しました。開発チームが徹底的に研究したのは、メルセデス・ベンツSクラスやBMW 7シリーズといった欧州勢。特に静粛性や乗り心地に関しては、彼らを明確なベンチマークとして設定していました。
デザイン面では、当時まだ“上品で保守的”な印象が強かったものの、プロポーションや質感の高さは一目でわかる完成度でした。エンジンはV6とV8をラインナップし、8速ATとの組み合わせでスムーズな加速を実現。さらに電子制御サスペンションによって、韓国の道路事情にも合わせた快適な走りを追求しています。
特筆すべきは、この車が単に高級車を作りたかったわけではなく、「ブランドの信頼を築くための一歩」だった点です。実際、発売当初は「韓国にもSクラスのような車が登場した」と国内外で話題になり、ジェネシスという新しい名前を世に知らしめました。のちにブランドが独立し、RS4型へと続く礎を築いたのは、この初代G90の存在があったからこそなのです。
静粛性と乗り心地で世界を驚かせた“韓国のSクラス”
初代ジェネシス・G90(EQ900)は、誕生当初から“韓国のSクラス”と呼ばれました。その理由は、単なる豪華さではなく、「静けさ」と「乗り心地」への異常なまでのこだわりにありました。現代自動車の開発陣はこのプロジェクトを“国の威信をかけた挑戦”と位置づけ、ドイツのアウトバーンから米国のハイウェイまで、世界中で徹底的な走行テストを行いました。
彼らが最初に着手したのは、防音・防振の徹底です。エンジンマウントやサスペンションの接続部には特殊な制振ゴムを採用し、フロアやドア内部には三重構造の吸音材を配置。さらにフロントガラスとサイドウィンドウには二重ラミネートガラスを使用し、風切り音やタイヤノイズを徹底的に遮断しました。その結果、走行中のキャビン内はまるで図書館のような静けさ。外の世界の音がまったく届かないほどでした。
加えて、乗り心地を決定づけるサスペンションにも大きな工夫がありました。電子制御サスペンション「ECS(Electronic Control Suspension)」が路面の凹凸を瞬時に検知し、ダンパーの減衰力を自動調整。ソウル市街地のような舗装の荒れた道路でも、乗員が感じる揺れは最小限に抑えられました。特に後席の快適性は徹底しており、シートのクッションには独自のウレタン配合が用いられ、体を包み込むような柔らかさを実現しています。
試乗した海外メディアの記者たちは口をそろえて「驚くほど静かで上品な車だ」と評しました。中でもアメリカの自動車専門誌『Car and Driver』は、「レクサスLSを意識したチューニングだが、思った以上にヨーロピアンな仕上がり」とコメント。韓国車がここまで洗練された乗り味を持つようになったこと自体が、当時としては大きなニュースでした。
また、エンジン音の制御にも細やかな技術が使われています。3.3Lツインターボでは、排気管の音圧を低減する“サウンドチューニング”が施され、V8モデルでは低速時にバルブを閉じて静かに、高速時には開いて重厚なサウンドを響かせるという演出まで行われていました。つまり、G90の静粛性は単なる“静かさ”ではなく、“状況に応じて最も心地よい音を残す”という芸術的な領域に達していたのです。
この初代G90が生んだ静粛性と乗り心地への信頼は、のちに2代目RS4型でさらに進化します。だが、その原点はまさにこのEQ900であり、ジェネシスが世界の高級車市場に足を踏み入れるための第一歩となったことは間違いありません。
ジェネシス独立への第一歩
初代ジェネシス・G90(EQ900)は、単なる新型セダンではなく、「ジェネシス」というブランドが生まれる瞬間を象徴する車でした。登場当初はまだ“EQ900”という名称で販売され、フロントグリルにも「HYUNDAI」のロゴが掲げられていました。しかし、このモデルの登場によって、現代自動車は自らの名を冠さずとも勝負できるだけの自信を得たのです。
当時の現代自動車は、すでにソナタやグレンジャーなどで確かな市場シェアを築いていましたが、「高級車ブランド」としての地位は確立していませんでした。欧州勢のように独立ブランドを持つ必要性を強く感じており、特にレクサスの成功例が大きな刺激となっていました。レクサスがトヨタから独立して“ブランドとしての信頼”を築いたように、ジェネシスもまた「現代の上級モデル」ではなく「独立したプレミアムブランド」として認められたい――それがこのEQ900に込められた使命でした。
このため、販売戦略も従来とは異なっていました。販売店のスタッフには専用の教育プログラムが設けられ、応対から納車までの一連の流れを“おもてなしの体験”として設計。顧客一人ひとりに担当マネージャーが付き、アフターサービスでは自宅やオフィスへの出張メンテナンスも行うなど、まさに「サービスを通してブランドを感じさせる」取り組みが行われました。これは後のG80やG70にも引き継がれ、ジェネシスのブランド哲学として定着していきます。
一方で、ネーミングの変化もブランド独立を印象づけました。2017年、EQ900は正式に「G90」へと改称され、フロントのHYUNDAIロゴは“翼を広げたジェネシスエンブレム”に置き換えられました。この変更は単なる名称の統一ではなく、「親会社の影から抜け出す」象徴的な出来事でした。
興味深いのは、ジェネシスが独立しても「韓国市場を軽視しなかった」点です。多くのプレミアムブランドがまず海外に注力する中で、G90は国内需要にもしっかりと応え、韓国の財界人や政財界関係者の公用車としても浸透しました。つまり、ジェネシスは“外に出る前に、自国で誇れる存在”を目指したのです。
このEQ900から始まった独立への道は、単なる企業戦略ではなく、韓国という国が自動車文化の成熟を世界に示す物語でもありました。そしてその第一章を飾った主役こそが、初代G90だったのです。
韓国デザインの芽生え
初代ジェネシス・G90(EQ900)は、技術面の完成度だけでなく、韓国車デザインの転換点としても重要なモデルでした。これ以前の韓国車は、どうしても欧州や日本の高級車を“参考”にする傾向があり、独自のデザイン哲学を語る段階には至っていませんでした。しかし、EQ900の登場によって、ジェネシスは明確に「韓国らしい美」を意識し始めます。
デザインを統括したのは、後にジェネシスのチーフデザイナーとなるルク・ドンカーヴォルケ氏と、当時現代自動車のデザインセンターを率いていたピーター・シュライヤー氏。彼らは「ジェネシスは模倣から卒業する時期に来ている」と語り、欧州的なラグジュアリーに“韓国的静寂”という概念を加えようと試みました。キーワードは「静の美」。華美な装飾を避け、線の一本一本に意味を持たせる――これがのちに確立される「Athletic Elegance」哲学の原型となります。
フロントのヘッドライトは水平基調で整えられ、グリルは王冠を思わせる形状に。サイドからリアにかけては余計なプレスラインを廃し、滑らかな曲面で光を流すようにデザインされていました。欧州車のような力強さではなく、「落ち着きと品格で魅せるデザイン」を狙った点が新しかったのです。
また、インテリアでは韓国の伝統素材をモチーフにしたディテールが随所に見られました。ウッドパネルの質感は温かみがあり、シートステッチは韓服(ハンボク)の縫製から着想を得たといわれます。これらの試みは、現代的なテクノロジーと伝統文化の融合という、韓国デザイン特有の方向性を明確にしたものでした。
当時、海外メディアの反応は驚きをもって迎えられました。「韓国車がついに自らのスタイルを語り始めた」と評され、特に北米市場では「ジェネシスというブランドの誕生は、デザインの自立宣言でもある」と高く評価されました。G90は、見た目の豪華さを超えて、“心の豊かさ”を形にした車だったのです。
この“静けさの中に力を秘める”という思想は、のちのRS4型で光を放つことになります。二本線のライトや王冠グリルといったデザイン要素の源流は、すでにこの初代で芽吹いていたのです。つまり、EQ900はジェネシスというブランドの「美意識の種」であり、その種が後に世界へ羽ばたく花を咲かせることになるのです。
まとめ
初代ジェネシス・G90(EQ900)は、単なる高級セダンではなく、韓国の自動車文化が成熟へと踏み出した第一歩でした。現代自動車が長年の技術と経験を結集し、世界の高級車市場に挑むために生み出したこの一台は、静粛性や乗り心地、そしてブランド戦略のすべてにおいて新時代の扉を開いた存在です。
デザイン面ではまだ控えめながらも、“韓国的静寂”という独自の美意識を芽生えさせ、その後のRS4型へと続く「Athletic Elegance」哲学の原点を築きました。ブランドとしての独立もこのモデルから本格化し、ジェネシスが世界市場で“現代自動車の上級モデル”ではなく“独立した高級ブランド”として語られるようになったのも、このEQ900の功績です。
RS4型が「完成形」だとすれば、初代G90はその“魂の原型”でした。国産技術への誇り、静けさの中に宿る強さ、そして美を重んじる姿勢。そのすべてがこの車に詰まっていたのです。ジェネシス・G90(DH型)は、韓国の高級車史を切り拓いた、最初の英雄と言えるでしょう。