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マセラティ・3200GT:再生の光と最後の咆哮を刻んだグラントゥーリズモ

マセラティ・3200GT 諸元データ

・販売時期:1998年〜2002年
・全長×全幅×全高:4516mm × 1822mm × 1314mm
ホイールベース:2660mm
・車両重量:約1590kg
・ボディタイプ:2ドアクーペ
・駆動方式:FR(後輪駆動)
・エンジン型式:AM585(マセラティ製)
・排気量:3217cc
・最高出力:370ps(272kW)/ 6250rpm
・最大トルク:50.0kgm(490Nm)/ 4500rpm
トランスミッション:6速MTまたは4速AT(後期型は5速AT)
・サスペンション:前:ダブルウィッシュボーン / 後:ダブルウィッシュボーン
・ブレーキ:ベンチレーテッドディスク(Brembo製)
・タイヤサイズ:前 235/40ZR18 / 後 265/35ZR18
・最高速度:280km/h
・燃料タンク:90L
・燃費(欧州複合モード):約6〜7km/L
・価格:約1,200万円(新車時)
・特徴:
 - 最後のマセラティ製V8ツインターボエンジン搭載
 - LEDを用いたブーメラン形テールランプ
 - ジウジアーロによるデザイン復帰作

 

1990年代後半のマセラティは、長い冬の時代にありました。伝統あるブランドでありながら、経営難と品質問題に悩まされ、かつての栄光は遠い記憶となっていたのです。そんな中、フェラーリ傘下に入り「もう一度世界に誇れるグラントゥーリズモを」という使命を背負って生まれたのが、マセラティ・3200GTでした。この一台は、単なる新型車ではなく、ブランド再生の象徴そのものでした。

1998年、静かに、しかし確かな存在感とともに登場した3200GT。そのボディを描いたのは名匠ジョルジェット・ジウジアーロ。70年代の名作「ボーラ」以来、久々にマセラティを手掛けた彼は、かつての官能的な曲線美を現代的なシルエットの中に再構築しました。流れるようなフェンダーライン、コンパクトにまとまったリアエンド、そして人々の記憶に焼きついた“ブーメラン型テールランプ”。どの角度から見ても、イタリア車らしい情熱と理性のバランスが感じられました。

それまでのマセラティには、どこか“職人気質の荒々しさ”が残っていましたが、3200GTは違いました。しなやかで、洗練され、どこかロマンチック。高級GTでありながら、運転席に座れば確かに血が騒ぐ。そんな不思議な魅力がこの車にはあったのです。マセラティはこのモデルによって、再び“イタリア車の誇り”を取り戻しました。3200GTは、ブランドが再生へと歩み出す第一歩であり、今なお多くの愛好家にとって特別な意味を持つ存在です。

 

イタリア復活の象徴 ― マセラティが3200GTに込めた再生の物語

1990年代のマセラティは、名門でありながら危うい綱渡りを続けていました。品質のばらつき、販売の不振、そして時代に取り残された技術。かつての「ラグジュアリーGTの王者」は、もはや過去の存在と思われていたのです。しかし1997年、フェラーリマセラティを傘下に収めることで流れが変わりました。エンツォ・フェラーリの後継者たちは、単なるブランド買収ではなく、「マセラティをもう一度誇れる存在に戻す」ことを目標に掲げました。その最初のプロジェクトが、3200GTでした。

開発には徹底した品質改善の哲学が持ち込まれ、エンジニアリングとデザインの両輪が再編成されました。マセラティ伝統のV8ツインターボを継承しつつも、制御系や足回りは一新。走りの情熱を保ちながら、フェラーリ譲りの洗練を加えたのです。イタリア的な官能と現代的な信頼性――その両立こそ、再生のキーワードでした。

そしてデザインを託されたのは、ジョルジェット・ジウジアーロ率いるイタルデザイン。彼は「美しさは力になる」という信念を胸に、マセラティの新たな時代を象徴する姿を描き出しました。過去の名車たちへの敬意を忘れず、流れるようなラインとコンパクトなプロポーションに未来への希望を込めたのです。結果として3200GTは、かつてのマセラティを知る者には懐かしく、新しい世代には鮮烈に映るデザインとなりました。

発表当時、世界のメディアは口を揃えて「マセラティが帰ってきた」と報じました。確かに3200GTは性能的にも美的にも“再生の象徴”でした。フェラーリの技術とジウジアーロの美学、そしてマセラティ独自の情熱が見事に融合したことで、ブランドの信頼はゆっくりと取り戻されていったのです。あの時代、イタリアの自動車界は確かに息を吹き返しました。3200GTはその中心で、静かに、しかし確実に未来へと火を灯したのです。

 

光で描く哲学 ― ジウジアーロが生んだブーメランテールの美学

マセラティ・3200GTのリアに刻まれた“ブーメラン型テールランプ”は、自動車史の中でも特別な輝きを放つ存在です。1998年当時、LEDを車の外装に採用するという発想は極めて先進的で、世界初の試みでした。しかし、単なる技術的挑戦にとどまらず、それはジウジアーロのデザイン哲学の集大成でもありました。

ジウジアーロは常々「デザインとは、技術と感情のあいだにあるもの」だと語っています。機械としての合理性を追い求めるだけでは人の心を動かせない。しかし装飾的すぎれば、永く愛される形にはならない。その絶妙なバランスを光で表現したのが、このテールランプでした。車体後方を大きく弧を描くように横切る赤い光のラインは、未来を示す矢のようであり、同時にマセラティが歩んできた過去の軌跡をなぞるようでもあります。

その形は、1972年に彼がデザインしたコンセプトカー「マセラティ・ブーメラン」に由来しています。あの時代、未来を夢見た線が、四半世紀を経て現実の道路に帰ってきたのです。彼にとって3200GTのブーメランテールは、単なるオマージュではなく“未完の美”を完成させる再訪でした。光の輪郭が夜の闇に浮かぶとき、そこにはジウジアーロが掲げた「官能と理性の共存」という理念が確かに宿っていました。

残念ながら、この特徴的なテールランプは後継の「4200GT(クーペ)」では姿を消しました。安全基準や製造コストの問題が理由とされていますが、多くのファンはその消失を惜しみました。3200GTだけが持っていた独特の妖しさと温度感。それは、単なるデザインを超えた“哲学の光”だったのです。今でも夜の街でそのブーメランが灯る瞬間、人は誰もが足を止め、目を奪われてしまいます。美とは理屈ではなく、心に直接響くもの。ジウジアーロの思想が、それを雄弁に語っているのです。

 

マセラティ最後のツインターボV8 ― 熱狂と儚さの狭間にあった名機AM585

3200GTのボンネットの下には、マセラティが独自に設計した最後のV8エンジンが眠っていました。形式名「AM585」。排気量3.2リッター、ツインターボ、最高出力370馬力。数値だけ見れば、現代のスポーツカーには届かないかもしれません。しかしこのエンジンには、スペックでは語り尽くせない“狂気にも似た情熱”が宿っていました。

ターボラグが残る荒々しいフィーリング、スロットルを踏み込んだ瞬間に襲いかかるトルクの奔流、そして独特の金属的な咆哮。静かなイタリアン・クーペの外見とは裏腹に、走り出せば獣のように暴れる。まさにマセラティが長年培ってきた“官能の機械”の最終形態でした。開発陣はこのエンジンを「手仕事の頂点」と呼び、フェラーリ製の量産V8とは異なる、職人の血が通ったエンジンを貫いたのです。

しかし、時代はすでに変わりつつありました。環境規制や信頼性の要求が高まり、荒々しい個性よりも洗練が求められるようになっていきます。3200GTの後継モデルである「クーペ(4200GT)」では、フェラーリ製の自然吸気V8が搭載され、ツインターボの時代は静かに幕を下ろしました。技術的には進化したものの、多くのファンはあのターボの蹴り出しと共鳴するような鼓動を懐かしんだといいます。

AM585は、まさに“最後のマセラティ的エンジン”でした。職人の手が感じられ、理屈ではなく感性で作られた機械。その鼓動は、イタリアの情熱と矜持の象徴でした。今でも3200GTのエンジンをかけると、独特の震えと音の重なりがドライバーの胸に響きます。マセラティが機械を通して語った最後の詩、それがAM585の咆哮だったのです。

 

まとめ

マセラティ・3200GTは、ブランドの再生を告げる鐘であると同時に、ひとつの時代の終わりを告げる車でもありました。フェラーリの技術支援によって信頼性を得ながらも、エンジンやデザインには確かに“古き良きマセラティの魂”が生きていました。荒々しさと繊細さ、理性と情熱。その相反する要素を抱えたまま、堂々と道を駆け抜ける姿は、まるで職人が最後に残した芸術作品のようでした。

ブーメランテールが闇に光を放ち、ツインターボV8が夜空に咆哮を響かせる。その光景こそ、イタリア車が持つ詩情の極みだったと言えるでしょう。現代のマセラティが高性能と快適性を両立させたグランドツアラーへと進化する中で、3200GTは“感情の時代”の象徴として今も輝きを放っています。もしもあなたがその姿を街角で見かけたなら、ぜひ立ち止まってほしい。そこには、もう二度と生まれない美と情熱の残り香が漂っているはずです。