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オペル・スピードスター:わずか870kgの挑戦。ロータスが生んだドイツの“純粋スポーツ”

オペル・スピードスター(初代 2.2 NA)諸元データ

・販売時期:2000年~2003年
・全長×全幅×全高:3786mm × 1710mm × 1117mm
ホイールベース:2330mm
・車両重量:870kg
・ボディタイプ:2シーター・オープンスポーツ
・駆動方式:ミッドシップ(MR)
・エンジン型式:Z22SE
・排気量:2198cc
・最高出力:147ps(108kW)/ 5800rpm
・最大トルク:20.9kgm(205Nm)/ 4000rpm
トランスミッション:5速マニュアル
・サスペンション:前:ダブルウィッシュボーン / 後:ダブルウィッシュボーン
・ブレーキ:ベンチレーテッドディスク
・タイヤサイズ:前175/55R17 / 後225/45R17
・最高速度:217km/h
・燃料タンク:36L
・燃費(欧州複合):約13km/L
・価格:約5万ポンド(発売当時・欧州)
・特徴:
 - ロータスエリーゼと共通のアルミ押し出しシャシーを採用
 - 軽量FRPボディで870kgの軽量化を実現
 - オペルらしいデザインでロータスとは異なるキャラクターを確立

 

オペル・スピードスターというクルマの存在を知る人は、実はそれほど多くありません。しかし、このモデルこそがオペル史上もっとも大胆で、そしてもっとも純粋なスポーツカーだったと言っていいでしょう。2000年、ヨーロッパ市場に突如現れたこの小さなオープンカーは、オペルが本気で「走り」を追求した結果生まれた特別な一台です。

スピードスターの開発の裏には、ロータスとの密接な関係があります。英国ノーフォークのヘセル工場で生産されたこの車は、実質的にはロータスエリーゼの兄弟車でした。アルミ押し出し材を接着して作る超軽量シャシーを共有し、車両重量はわずか870kg。ミッドシップレイアウトにより、ハンドリングは極めて鋭敏で、まるでゴーカートのようにドライバーの操作に反応しました。

ただし、スピードスターはエリーゼのコピーではありません。デザインはオペルが独自に仕上げ、より直線的でモダンな印象を与えています。ボディパネルはFRP(繊維強化プラスチック)製で、独特の光沢を放つ低いボンネットと広いリアフェンダーが印象的でした。搭載されるのは2.2リッター直4自然吸気エンジンで、最高出力147馬力。数字だけ見れば控えめですが、軽量なボディと組み合わせることで加速感は非常にシャープで、まさに「軽さが武器」そのものでした。

オペルがこれほど尖ったスポーツカーを送り出した背景には、ブランドイメージの刷新があります。1990年代後半のオペルは、堅実で真面目なメーカーという印象が強く、若い層への訴求力が弱まっていました。そこでGMグループ内の資源を活かし、ロータスの協力を得て“情熱の象徴”として企画されたのがスピードスターでした。つまり、このクルマは単なるモデルのひとつではなく、オペルにとって「挑戦の象徴」でもあったのです。

 

ロータスオペル、異なる哲学が交わった瞬間

オペル・スピードスターの物語は、イギリスの小さな町ヘセルにあるロータスの工場から始まります。ロータスエリーゼの開発で知られるこの工場は、軽量構造の技術において世界でも指折りの存在でした。そんなロータスオペルが手を組むきっかけは、1990年代後半、GMゼネラル・モーターズ)がロータスを傘下に持っていたことにあります。オペルGMのヨーロッパ部門として「ドライバーズカー」を作りたいという想いを抱えており、その実現にはロータスのノウハウが不可欠だったのです。

ロータスはもともと「軽さこそすべて」という哲学のもと、エリーゼで画期的なアルミ押し出しシャシーを開発していました。従来の溶接ではなく接着技術を使うことで、軽くて高剛性の構造を実現。そのプラットフォームをオペルが利用したことで、スピードスターの骨格はロータス譲りの極めて洗練されたものになりました。まさに、イギリスのクラフトマンシップとドイツの理詰めの設計思想が融合した瞬間でした。

しかし、協業は順風満帆ではありませんでした。ロータスは「ドライバーの感性に響くハンドリング」を最優先するのに対し、オペルは「安定性と品質」を重視するメーカーでした。例えば、ロータス側は限界域での挙動を重視してシャープなステアリング特性を求めたのに対し、オペルはもう少し扱いやすくするために、サスペンションセッティングを柔らかめにしたいと主張しました。お互いの意見がぶつかる中、最終的に「走りの楽しさ」と「日常の快適性」の絶妙なバランスを見つけ出したのがスピードスターです。

面白いことに、スピードスターの生産もロータスの工場で行われていました。つまり、オペルのエンブレムをつけた車がイギリスで作られていたのです。これほど異文化的なコラボレーションは当時のヨーロッパ車業界でも珍しく、クルマ好きの間では「ドイツ車にイギリスの心臓を持つスポーツカー」と評されました。ロータスの軽快さとオペルの堅牢さ。その二つが見事に同居したことで、スピードスターは唯一無二の存在となったのです。

 

軽さが生み出す走りの魔法 ― アルミシャシーFRPボディの真価

オペル・スピードスターが特別な存在として語り継がれる最大の理由は、その「軽さ」にあります。車両重量870kgという数字は、今の軽自動車よりも軽いほどです。しかもこれは、エアコンや安全装備を備えた正規の市販車としての数字。では、なぜこれほどまでに軽量化できたのか。その秘密は、ロータスが誇るアルミ押し出しシャシーと、オペルが独自に設計したFRP(繊維強化プラスチック)製ボディにあります。

アルミシャシーは、従来のスチールフレームと違い、複数のアルミパーツを接着剤でつなぎ合わせる構造を採用していました。一見すると「接着」という言葉は頼りなく感じるかもしれませんが、実際には航空機レベルの接合技術を応用しており、軽さと剛性を両立する非常に高度な工法でした。接合面の広いアルミ部材を緻密に貼り合わせることで、溶接よりも歪みが少なく、剛性の高いフレームが実現できたのです。その結果、コーナリング時のねじれが少なく、ステアリング操作に対してクルマが驚くほど素直に反応しました。

さらに、ボディ外装にはFRPが採用されました。軽量でありながら造形の自由度が高いこの素材を使うことで、スピードスターはオペルらしい直線的でシャープなデザインを実現しました。金属ボディに比べて錆びにくく、表面の質感も独特。ボンネットやフェンダーに映る光の反射がどこか工芸品のようで、機能美と美しさを兼ね備えた仕上がりになっていました。

この軽量構造がもたらす恩恵は、単に速さではなく「気持ちよさ」でした。ドライバーがステアリングを切ると、車体がスッと向きを変える。ブレーキを踏むと、無駄な慣性を感じることなく、ピタリと止まる。その一つひとつの挙動が、まるで人間の延長のように感じられるのです。軽さがここまで走りを変えるのか、と多くの試乗者が驚きました。

スピードスターは、現代のハイパワー化が進むスポーツカーとは真逆の哲学を体現したモデルでした。馬力を上げるのではなく、重量を削る。数字の派手さではなく、操作の純度を高める。その潔さこそが、このクルマを今なお語り継がせる理由です。

 

短命ゆえの伝説 ― スピードスターが残した遺産

オペル・スピードスターは、2000年に登場し、わずか数年後の2005年には姿を消しました。その販売期間は驚くほど短く、商業的には成功とは言いがたいものでした。しかし、自動車史の中でこの車が放つ存在感は、いまなお色あせていません。なぜならスピードスターは、「メーカーの理屈ではなく、エンジニアの情熱で作られた車」だったからです。

当時のオペルにとって、スピードスターは儲けを狙うモデルではありませんでした。むしろ採算度外視で、ブランドのイメージを変えるための挑戦でした。販売台数は限られ、価格も決して安くはありません。それでもこの車を支持した人々は、「量より質」を愛するピュアなドライビングファンたちでした。彼らにとってスピードスターは、数字では測れない“感覚”を味わわせてくれる存在だったのです。

しかし、市場は厳しいものでした。快適性を求める一般ユーザーにはスパルタンすぎ、ロータスエリーゼと比べるとブランドとしての訴求力も弱かった。その結果、オペルは数年で生産を終了し、後継モデルも登場しませんでした。とはいえ、スピードスターが残した技術と思想は、オペルだけでなくGMグループ全体に確実に影響を与えました。軽量構造の重要性、そして「運転する楽しさ」を再び見直すきっかけとなったのです。

現在、スピードスターは中古市場でも非常に希少な存在です。特にコンディションの良い個体はヨーロッパでコレクターズアイテムとして扱われ、価格もじわじわと上昇しています。その理由は、もはや「二度とこんな車は作れない」と多くの愛好家が理解しているからでしょう。環境規制や安全基準が厳しくなった今、この軽量でピュアなスポーツカーの再来はほぼ不可能です。

スピードスターは、短命ゆえに伝説となりました。ほんのわずかな期間だけ輝いた流星のように、彼はオペルというブランドの中に異彩を放ち、そして静かに消えていった。しかし、その光は確かに多くのドライバーの心を照らし続けています。もしオペルが再び本気でスポーツカーを作るとしたら、その原点には間違いなくスピードスターの魂が宿っているでしょう。

 

まとめ

オペル・スピードスターは、ブランドの枠を超えた冒険の結晶でした。ロータスの技術とオペルの理性が融合し、870kgという驚異的な軽さを実現。その結果生まれたのは、数字では語れない“走る楽しさ”そのものでした。エンジンは147馬力と控えめながら、アクセルを踏めば軽快に加速し、コーナーを抜けるたびにドライバーの笑顔を引き出す。このクルマには、スペック表には載らない幸福感が詰まっていました。

短命であったがゆえに、スピードスターは今も語り継がれます。商業的な成功を逃しても、その存在が自動車の本質を示していたからです。便利さや快適性が優先される時代に、あえて「軽くて不便な」車を作ったオペルの勇気は、今振り返っても痛快です。

スピードスターが教えてくれたのは、車が単なる移動手段ではなく、人と機械の対話の道具であるということ。風と一体になる感覚を味わいたい人にとって、この小さなオペルは、いまも心のどこかで輝き続けているのです。