ワールド・カー・ジャーニー

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大宇・マティス:街を彩った小さなイタリアンデザインの奇跡

大宇・マティス 0.8 DOHC 諸元データ(欧州仕様を基準)

・販売時期:1998年〜2004年
・全長×全幅×全高:3495mm × 1495mm × 1485mm
ホイールベース:2340mm
・車両重量:780kg
・ボディタイプ:5ドアハッチバック
・駆動方式:FF(前輪駆動)
・エンジン型式:F8CV(直列3気筒DOHC
・排気量:796cc
・最高出力:52ps(38kW)/6000rpm
・最大トルク:7.1kgm(69Nm)/4600rpm
トランスミッション:5速MT / 3速AT
・サスペンション:前:マクファーソンストラット / 後:3リンク式トーションビーム
・ブレーキ:前:ディスク / 後:ドラム
・タイヤサイズ:155/65R13
・最高速度:約145km/h(MT仕様)
・燃料タンク:35L
・燃費(欧州複合モード):約18km/L(MT仕様)
・価格:約100万円前後(地域によって異なる)
・特徴:
 - イタルデザインによる丸くて親しみやすい外観
 - 軽量ボディで街中走行に最適
 - 世界中で様々なブランド名で展開

 

1990年代後半、自動車業界では「コンパクトカー戦国時代」とでも言いたくなるような群雄割拠の状況が続いていました。そんななか、韓国・大宇(デウ)自動車が発表した小さな5ドアハッチバックマティス」は、まさに流れに逆らうように“かわいさ”と“親しみやすさ”を武器にデビューします。その姿はまるでアニメの世界から飛び出してきたかのような愛嬌のあるフォルム。実はこのデザイン、あのイタリアの巨匠ジョルジェット・ジウジアーロがもともと別の日本メーカーに提案していたものでした。ところがその提案は断られ、行き場をなくしていたこのデザインを大宇が採用。そこからマティスの大冒険が始まったのです。
当時は直線基調の実用車が主流でしたが、マティスは敢えて曲線で勝負したのが新鮮でした。ある意味「かわいいは戦略です」を最初に体現した1台だったと言っても大げさではありません。

マティスはその後、ヨーロッパをはじめ世界中で人気を集め、いくつもの兄弟車を生み出しました。日本でもGM系列を通じて販売され、ちょっと珍しいけど可愛らしい存在として知る人ぞ知るクルマになっています。今回はそんな初代マティスの誕生秘話と魅力、そして世界への広がりを、3つの視点からじっくり掘り下げてみたいと思います。

 

スズキに断られたデザインが世界中で大ヒットに

マティスのデザインは、イタリアのカロッツェリア「イタルデザイン」が1995年に提案したコンセプトカー「Lucciola(ルッチョラ)」にルーツがあります。これはスズキ・アルトの後継案として提案されたもので、丸いヘッドライトや柔らかな曲面で構成されたユニークなデザインが特徴でした。しかしスズキはこれを不採用とし、ルッチョラの運命は一度は宙ぶらりんに。ところが、それに目をつけたのが韓国の大宇自動車だったのです。

大宇は当時、国際市場で存在感を高めようとしていた最中。新しいコンパクトカーを探していた彼らにとって、ルッチョラのデザインは理想的でした。こうして生まれたのが「マティス」です。量産に合わせて灯火類やクラッシャブルゾーンを最適化しつつ、愛嬌のある表情は極力そのまま残したと言われています。イタルデザインによるヨーロピアンテイストと、実用的なハッチバックスタイルの融合は、多くのユーザーに新鮮な印象を与えました。

デビュー当初からヨーロッパでは「デザインがいい!」「このサイズにしては室内が広い!」と高評価を受け、特にイギリス、イタリア、ポーランドなどで人気を博しました。価格帯はエントリーでも、見た目の満足度はワンランク上というギャップが口コミで広がったのも成功の追い風になりました。まさにスズキに断られたデザインが、別の場所で大輪の花を咲かせた瞬間だったのです。



丸っこくて可愛いボディに詰まった実用性

マティスの魅力は、見た目の可愛らしさだけではありません。ボディサイズは全長3.5m弱とかなりコンパクトですが、驚くほど広い室内空間が確保されていました。大人4人がきちんと座れる後席、十分な荷室、視界の良さと運転のしやすさは、まさに“街乗り最強カー”と呼ぶにふさわしいものでした。スーパーの立体駐車場でもストレスが少なく、コインパーキングの斜め枠でも扱いやすかったのを覚えている方も多いはずです。

とくにヨーロッパでは、細い路地やパラレルパーキングが日常茶飯事。そうした環境において、マティスのコンパクトなサイズと小回りの利くハンドリングは大きな武器になりました。最小回転半径はクラス相応で、街中での切り返しも苦になりませんでした。さらにドライバー視点で見ると、背の高めなシートポジションや、シンプルで分かりやすいインパネ配置も好印象。女性ドライバーや高齢者からも「乗りやすい」と高評価を受けていたのです。

それでいて価格はかなりリーズナブル。ヨーロッパ各国では学生や若者の“はじめてのマイカー”として人気を博し、日本でもGMが輸入したモデルが「かわいい車好き」の間で密かに話題になっていました。0.8リッターの小気味よいエンジンは、市街地での加減速に機敏に応え、毎日の移動を軽快なものにしてくれます。まさに“チョロQみたいで可愛いけど、ちゃんと走る”というギャップが、多くの人の心を掴んだ理由だったのかもしれません。

 

マティスの血を継ぐ世界の兄弟車たち

マティスの人気は、1台のクルマにとどまりませんでした。このベースをもとに、さまざまな国・ブランドから「兄弟車」が登場します。最も知られているのは、シボレー・ブランドで販売された「シボレー・スパーク」。これはマティスをベースにしたモデルで、北米やヨーロッパ、中国、そして日本でも販売されました。

また、中国の上汽GM五菱が展開した「宝駿(バオジュン)」ブランドにも、マティス由来のコンパクトカーが登場。インドや東欧でもローカル名で流通し、地域の使い方に合わせて装備や内装を調整しながら、長く“実用の最前線”を担いました。名前やバッジが違っても、優しい曲面と丸いランプを見れば“マティスのDNA”だとすぐに分かります。

日本でもちょっと変わった展開がありました。GMDAT時代には「マティス」の名前で正規輸入され、さらにスズキ・ワゴンRソリオをベースにした「シボレー・MW」が登場し、ユーザーを戸惑わせるというちょっとした珍事も。とはいえ、こうした派生の広がりは、マティスが“世界規模で通用する設計思想”を持っていた証拠でもあります。今でも中古市場ではカラーや年式にこだわって探す“通”がいて、静かな人気が続いています。

まとめ

初代マティスは、もともとスズキに提案されたデザインがきっかけで誕生した、ちょっと変わった経緯を持つクルマです。でもそのユニークな出自こそが、このクルマの魅力をより深いものにしてくれている気がします。小さくて可愛いけど、しっかり使えて、しかも世界中で愛された。まさに“縁の下の力持ち”のような存在でした。
気負わず日常に寄り添い、でも見るたびちょっと気分が上がる。そんな“生活の名脇役”としての価値が、マティスには確かにありました。今ではあまり見かけなくなったものの、その血を継ぐモデルたちは今もなお走り続けています。街角でふとマティスを見かけたとき、「あのデザイン、スズキが断ったやつなんだよ」とそっと誰かに話してあげたくなる、そんな一台です。