ワールド・カー・ジャーニー

車種、年代、国を超えて。世界中の魅力的なクルマたちが集結。

Dixi・U-35:BMW誕生前夜、小さなメーカーの大きな挑戦

 

Dixi U-35 諸元データ

・販売時期:1927年~1929年(Dixiブランドとして)
・全長×全幅×全高:約3200mm × 約1350mm × 約1650mm
ホイールベース:約1900mm
・車両重量:約400kg
・ボディタイプ:2ドアセダン / ロードスター
・駆動方式:FR(後輪駆動)
・エンジン型式:直列4気筒サイドバルブ
・排気量:748cc
・最高出力:15ps(11kW)/ 3000rpm
・最大トルク:記載なし(低速トルク型)
トランスミッション:3速マニュアル
・サスペンション:前:縦置きリーフスプリング / 後:縦置きリーフスプリング
・ブレーキ:後輪機械式ブレーキ(前輪はなし)
・タイヤサイズ:記録なし(10インチ前後)
・最高速度:約75km/h
・燃料タンク:記録なし(約15Lと推定)
・燃費(推定):約14〜16km/L
・価格:約2200ライヒスマルク(当時)
・特徴:
 - オースチン・セブンのライセンス生産
 - Dixiブランドとして最後のモデル
 - BMW初の自動車「3/15 DA-1」の直接的前身

 

1920年代のドイツは、第一次世界大戦後の混乱と復興のただ中にありました。そんな中、アイゼナハを拠点とする小さな自動車メーカー「Dixi(ディキシー)」は、生き残りをかけた新たな一手を模索していました。彼らが目をつけたのは、イギリスからやってきたあるコンパクトカー。そう、オースチン・セブンです。イギリス国内で「貧者のフォード」と呼ばれるほど大衆に愛されたこの小型車は、ドイツ市場でも通用するのではないか。そんな想いから誕生したのが、Dixi U-35でした。

Dixiはもともと、自転車やタイプライターなどの製造で知られた企業でしたが、時代の流れに乗って自動車産業に進出。試行錯誤を重ねながらも、大型車ではなく“身の丈にあった”クルマを模索し、ついにこのU-35というモデルにたどり着いたのです。見た目は小さくても、その裏には大胆なビジネス戦略と国際的な提携という、当時としては非常に先進的な判断がありました。

今回の記事では、BMWブランドの影に隠れがちなこの「Dixi U-35」について、Dixi時代の視点からじっくりと掘り下げてご紹介していきます。まだ“BMW”の名が付く前の、自動車業界にかけた夢と挑戦の物語に、ちょっと耳を傾けてみてください。

 

タイプライターから始まったDixiの物語

Dixi(ディキシー)というブランドは、もともとはドイツ・テューリンゲン州アイゼナハに拠点を置く「Eisenacher Fahrzeugfabrik(アイゼナハ車両製作所)」にルーツがあります。創業は19世紀末で、当初は自転車の製造に力を入れていました。やがて自転車からオートバイ、そして自動車へと製造品目を拡大。1904年にはすでに「Dixi」の名前を使って乗用車の販売を始めており、ドイツ国内でもそこそこ名の知られたメーカーとなっていました。

しかし、時代は戦争と不況を繰り返す激動の時代。第一次世界大戦を経て、資金や物資の調達が難しくなると、大型で高価な車の需要は一気に冷え込みます。Dixiも例外ではなく、経営が不安定になっていきました。そんな中で彼らは、ある方向転換を決断します。それは「高級車ではなく、庶民のための小型車」を目指すというもの。これが後のU-35の登場につながる重要な転機でした。

Dixiの強みは、堅実な製造技術と柔軟な発想力にありました。自社だけで完結するのではなく、必要とあらば海外メーカーと提携する柔軟さも持っていたのです。まさにこの姿勢が、イギリスのオースチンとの契約へとつながっていきます。後にBMWがこの会社を買収する大きな要因にもなるのですが、この時点ではまだ、Dixiは自らの足で立ち、大衆車市場への挑戦を始めたばかりでした。

 

オースチン・セブンとの出会いとU-35誕生の背景

1920年代中頃、Dixiは新たな大衆車モデルを模索する中で、イギリスのオースチン社が手がけた小型車「セブン(Austin Seven)」に出会います。セブンは、イギリス国内で爆発的にヒットしていたコンパクトカーで、フォード・モデルTのような大きさではなく、もっと身軽で家庭的な一台でした。その魅力は、シンプルな設計と安価な価格、そして一般家庭でも扱いやすいサイズ感。これこそが、Dixiが求めていた理想像そのものだったのです。

Dixiは1927年、オースチンと正式にライセンス契約を締結。オースチン・セブンの設計をベースに、ドイツ市場向けに少し仕様を調整したモデルを自社工場で生産することになります。こうして誕生したのが「Dixi 3/15 PS」こと、U-35です。車名にある「3/15」とは、税制上の3馬力と実際の15馬力を意味する表記で、当時のヨーロッパでは一般的な表現でした。

U-35の魅力は、手の届く価格と実用的な性能にありました。コンパクトなボディに、直列4気筒のエンジンを搭載し、最高速度は約75km/h。スピードを求める車ではありませんが、日常の足として十分なパフォーマンスを持っていました。さらに、セダンやロードスターなど複数のボディバリエーションも用意され、買い手の好みに合わせて選べたのもポイントです。

このモデルの登場により、Dixiは一気に注目を集める存在となりました。オースチン・セブンという名車の血を引きながら、ドイツ人の手で丁寧に仕上げられたU-35は、まさに国際協業の成功例。高級車偏重だった当時のドイツ市場において、大衆向け小型車の時代を切り拓く存在となったのです。

 

Dixi U-35が残した足跡とBMWへの引き継ぎ

U-35は、Dixiにとって一時の成功以上の意味を持っていました。それまでドイツの自動車産業は、どちらかといえば高級車志向が強く、大衆向けの小型車はあまり重視されていなかった時代。そんな中で、U-35は安価で扱いやすく、信頼性にも優れた“庶民のための車”として、じわじわと人気を獲得していきました。販売はまずまず好調で、Dixiにとっては息を吹き返すきっかけとなったのです。

とはいえ、1920年代後半のドイツ経済は不安定であり、Dixi単体での将来には不安も残っていました。そうした中で動いたのが、当時航空機エンジンやオートバイを中心に事業を展開していたBMW(バイエリッシェ・モトーレン・ヴェルケ)です。BMWは自動車事業への進出を狙っており、そのための生産設備と既存モデルを持つDixiに目をつけたのです。

1928年、BMWはDixiを買収し、U-35の製造を引き継ぐことになります。この時点でモデル名は「BMW 3/15 DA-1」となり、BMW初の四輪自動車として新たな歴史を歩み始めました。つまり、U-35はDixiブランドとしての最後のモデルであると同時に、BMWブランドのスタート地点でもあるわけです。華々しいスポーツカーや高級サルーンを生むことになるBMWの歴史が、じつはこの小さな大衆車から始まっていたというのは、ちょっと意外な事実かもしれません。

今日では、Dixiというブランドはあまり語られなくなっていますが、U-35の果たした役割は非常に大きなものでした。国際的なライセンス契約をいち早く導入し、大衆車というジャンルで成功した先見性。そしてその成果が、新たな大企業の基盤となったという事実。Dixiの挑戦は、今もドイツ車の歴史のなかで確かに輝いています。

 

まとめ

Dixi U-35は、たった数年の短い期間しか販売されなかった小型車です。しかしその歩みを振り返ると、自動車史における大きな意味を持っていることが分かります。小さな地方メーカーだったDixiが、自らの存続をかけて国際的なライセンス契約に踏み出し、見事にオースチン・セブンをドイツ市場向けに適応させたという事実。それは、当時のドイツの自動車業界においては非常に先進的で、しかもチャレンジングな選択でした。

U-35の登場によって、Dixiは短期間ながらも市場で再び脚光を浴びることができました。そしてその成功が、BMWによる買収へとつながり、新たな自動車ブランドの誕生を後押ししたのです。つまりU-35は、Dixiの“最後の名作”であると同時に、“次なる時代の扉を開くカギ”にもなった存在でした。

今やDixiの名はBMWの影に隠れがちですが、自動車の大衆化が進み始めたこの時代において、U-35は確かに一つの道しるべを示しました。大メーカーではなくとも、柔軟な発想と挑戦を恐れない姿勢があれば、歴史を動かす一台を生み出せる。そんなことを静かに語りかけてくれる、愛すべきクラシックカーだと言えるのではないでしょうか。