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上海汽車・SH760:幹部車から憧れの国産セダンへ、中国が初めて作った「自前のクルマ」

上海・SH760 諸元データ(代表モデル:SH760A)

・販売時期:1965年〜1989年(SH760Aは1974年〜)
・全長×全幅×全高:4885mm × 1800mm × 1560mm
ホイールベース:2800mm
・車両重量:約1620kg
・ボディタイプ:4ドアセダン
・駆動方式:FR(後輪駆動)
・エンジン型式:Jinfeng 680Q(直列6気筒OHV)
・排気量:2301cc
・最高出力:90ps(66kW)/ 4200rpm
・最大トルク:17.0kgm(166Nm)/ 2400rpm
トランスミッション:3速コラムMT
・サスペンション:前:ダブルウィッシュボーン / 後:リーフリジッド
・ブレーキ:ドラム(前後)
・タイヤサイズ:7.00-13
・最高速度:135km/h
・燃料タンク:60L
・燃費(参考値):約10km/L(実測値はこれより低いとされる)
・価格:非公開(政府向け配給)
・特徴:
 - メルセデス・ベンツ220S風の外観
 - 中国製初の国産中型セダン
 - 官公用・タクシー車両としても長く活躍

 

「中国の道にドイツ車?」と思ってしまうような、どこかで見たようなクラシカルなフロントマスク。それが、かつての中国で幹部たちを乗せて走っていた「上海・SH760」です。1960年代から1980年代にかけて長く生産され、中国の工業史における貴重な1ページとして語り継がれています。

もともとは1950年代の末期、輸入車への依存を減らし「自前のセダンを持ちたい」という思いからスタートしたプロジェクトでした。当時の中国は、ソ連製GAZを参考にした轎車づくりから脱却し、自国のアイデンティティを求めていました。そうして生まれたのが、ドイツ車を参考にしながらも中国独自の技術で組み上げられたこのSH760シリーズだったのです。

今回は、この上海SH760の誕生から、幹部車両としての歴史、そして今の評価までを辿っていきたいと思います。旧車ファンだけでなく、アジアの自動車文化に興味のある方にとっても、きっと発見のあるストーリーになるはずです。

 

中国独自の自動車を目指して:SH760誕生の舞台裏

1950年代の終わり、中国では急速な工業化が進む一方で、乗用車はほとんどが外国製。ソ連から導入したGAZシリーズをベースとする「紅旗」や「解放」トラックなどが主力でした。そんな中、より一般的な官用・民間用中型セダンを作るべく、上海汽車製造厂が立ち上がります。

このとき参考にされたのが、メルセデス・ベンツのW180型「ポントン」シリーズ。流れるようなフェンダーラインにクラシカルなグリル、大柄なボディなど、当時の中国では憧れの存在でした。デザインはそのままに、中身は中国国内で製造できるように工夫され、1964年に最初のプロトタイプが完成。そして1965年、正式に「SH760」として生産がスタートしました。

エンジンは当初、トラック用の直列6気筒を流用した2.2〜2.3Lユニット。信頼性はそこそこありましたが、出力は控えめで、決して速いクルマではありませんでした。ただし、中国政府としては「速さ」よりも「威厳」や「国産であること」が重要でした。試作から量産までに10年近くかけたのも、完成度へのこだわりゆえだったと言われています。

このクルマの登場は、中国の「自前主義」の象徴として、当時の国民に大きな希望を与える存在となりました。

 

幹部専用車から市民の憧れへ:上海の街を走ったSH760

SH760の生産開始当初、その主な用途は共産党幹部の公用車や各省庁の専用車でした。黒いボディにクロームのバンパー、堂々としたサイズ感──地方の役人がこのクルマから降りてくる姿は、威厳そのものでした。中国ではまだ一般人が自家用車を持つという感覚は薄く、車といえば政府のもの、あるいはタクシーというのが常識だった時代です。

1970年代に入り、「SH760A」へとマイナーチェンジが施されます。これにより外観が少し近代化され、内装もやや簡素化されました。この頃から、北京や上海、広州といった大都市では、タクシーや企業の公用車としても見かけるようになります。特に上海ではこの車が走っている風景が日常の一部となり、「上海車」と呼ばれる愛称で親しまれていきました。

また一部の裕福な家庭や著名人には、特別に払い下げられるケースもありました。そのためSH760は、単なる交通手段というよりも「社会的地位を象徴するクルマ」としての側面を持ち続けたのです。

国産ながらも高級感を持ち、かつ独特の存在感を放つこの車は、都市部の人々にとって“憧れの象徴”でした。車を持たぬ多くの人々が、SH760に乗ることを一度は夢見た──そんな時代が確かにあったのです。

 

古き良き時代の象徴?SH760のレトロな設計と今の評価

SH760の設計は当時としてもやや古めかしく、特に70年代後半にはすでに欧州車や日本車がモダンなスタイルへ移行していたことを考えると、その遅れは否めません。重たい鉄板、ドラムブレーキ、手動チョーク、3速コラムシフトなど、今の感覚では完全にクラシックカーの装備です。

しかし、それがかえってこのクルマの魅力にもなっています。現在、中国国内ではクラシックカーとしてSH760をレストアする人も少なくありません。中には当時の公用車仕様を忠実に再現したり、結婚式用のリムジンに仕立てたりと、その使い方もさまざまです。

また、80年代後半には後継モデルである「上海・桑塔ナ(VWサンタナ国産化)」が登場し、時代は急速に変わっていきました。そのためSH760は、ちょうど高度経済成長前夜の“過渡期の象徴”として、ある種ノスタルジックな存在として人々に記憶されています。

近年では、自動車博物館や歴史資料館に展示される機会も増えており、中国の自動車工業史を語るうえで欠かせない1台として再評価されています。派手さはなくても、そこには確かな意志と誇りが込められていたのです。

 

まとめ

上海・SH760は、中国の自動車産業が本格的に歩み出すなかで生まれた、まさに国産車の草分け的存在です。外国車のコピーといわれることもありますが、それでも一から自前で設計・生産し、幹部車から市民の足までをカバーしたその意義は大きいと言えるでしょう。

幹部車としての格式を保ちながら、都市の中で徐々に庶民にも広がっていったこの車は、社会の変化そのものを映す存在でした。そしてそのクラシカルなスタイルや設計は、今となってはレトロで味わい深く、かえって新鮮に映るのが面白いところです。

現代の中国では、電気自動車やスマートカーがあたりまえの時代になっていますが、だからこそSH760のような手作り感のある車が放つ魅力には、独特の重みがあります。自動車はただの移動手段ではなく、時代の鏡──そんなことを感じさせてくれる1台でした。