ワールド・カー・ジャーニー

車種、年代、国を超えて。世界中の魅力的なクルマたちが集結。

フェラーリ・F355:ミッドシップV8の完成形

フェラーリ・F355 ベルリネッタ(6速MT)諸元データ

・販売時期:1994年〜1999年
・全長×全幅×全高:4250mm × 1900mm × 1170mm
ホイールベース:2450mm
・車両重量:1350kg
・ボディタイプ:2ドアクーペ
・駆動方式:MR(ミッドシップ・後輪駆動)
・エンジン型式:F129B
・排気量:3495cc
・最高出力:380ps(279kW)/ 8250rpm
・最大トルク:37.0kgm(363Nm)/ 6000rpm
トランスミッション:6速MT
・サスペンション:前:ダブルウィッシュボーン / 後:ダブルウィッシュボーン
・ブレーキ:ベンチレーテッドディスク
・タイヤサイズ:前:225/40ZR18 / 後:265/40ZR18
・最高速度:295km/h
・燃料タンク:82L
・燃費(欧州複合モード換算):約6〜7km/L
・価格:日本導入時 約1550万円〜
・特徴:
 - 5バルブ化された自然吸気V8エンジン
 - 世界初のF1パドルシフト搭載車(後期型)
 - 電子制御ダンパー採用

 

フェラーリといえば、誰もが一度は憧れる真っ赤な跳ね馬。そのなかでも、1990年代を代表するモデルとして多くのファンから支持されているのが「F355」です。今では“現代クラシック”と称されるこのクルマ、実はフェラーリにとっても非常に転換期となったモデルでした。

先代348までの“硬派すぎる”フィーリングから一転、F355ではデザイン、乗り心地、そしてドライバビリティのすべてを見直し、“操る楽しさ”に重点を置いて仕上げられました。エンジンは3.5リッターのV8に5バルブを組み合わせ、NAエンジンでありながら380馬力を発揮。これを高回転まで回してドライバーが自在にコントロールできるように設計された6速MTは、多くのファンを虜にしました。

さらに、後期には世界初のF1マチック(パドルシフト)を導入するなど、まさに“古き良きアナログ”と“次世代技術”の狭間に立つ存在でもあったのです。今回は、そんなフェラーリ・F355の魅力について、誕生の背景から走りの特徴、今なお愛される理由まで、たっぷりとご紹介していきます。

美しさと操る歓びが交差する——F355の誕生

1994年、フェラーリが放った新型V8ミッドシップスポーツ。それがF355でした。328、そして348と続いた系譜にありながら、F355はそれらとは一線を画す「モダン・フェラーリの幕開け」と言える存在です。なぜなら、このモデルから明らかにフェラーリは“運転のしやすさ”にも本腰を入れはじめたからです。

それまでのV8フェラーリは、確かに速くて魅力的な存在でしたが、正直なところ“気難しさ”も併せ持っていました。クラッチは重く、渋滞では足がつりそうになるほどで、特に348は“じゃじゃ馬”という評価を受けることもありました。フェラーリに憧れる人は多くても、実際に乗りこなすには相応の覚悟が必要だったのです。

こうした反省もあり、F355では方向転換が図られました。ピニンファリーナによるデザインは、張り詰めた緊張感としなやかさを融合させた美しさを持ち、空力性能も改善。エンジンやシャシー設計も全面的に見直され、プロドライバーでなくとも扱いやすく、かつ走らせて楽しい車を目指したのです。

また、この時期フェラーリは経営体制の転換期にありました。創業者エンツォ・フェラーリの死後、より幅広いユーザーに開かれたブランドへと変わっていくなかで、「乗りやすさ」と「フェラーリらしさ」を両立させるF355は、まさにその象徴となる存在でした。

F355が単なる後継モデルではなく、新時代への橋渡し役であったこと。これこそが今もなお、多くのファンがこのモデルに特別な想いを抱く理由ではないでしょうか。

 

5バルブV8が生んだ、F1直結の高回転サウンド

F355の魅力を語るうえで外せないのが、なんといってもそのエンジンです。搭載されるのはフェラーリ初となる**5バルブヘッド(1気筒あたり3吸気2排気)**を持つ3.5リッターV8エンジン。従来の4バルブから一歩進んだこの構成により、吸排気効率が大幅に向上し、最高出力は380馬力/8250回転という当時としては驚異的なスペックを実現しました。しかも、それが自然吸気(NA)エンジンであるという点が、よりこの数字の価値を際立たせています。

このエンジンはとにかく高回転域が気持ちよく、8500回転近くまで回るそのサウンドは「まるでF1マシンのよう」と評されるほど。アクセルを踏み込むと、低音の唸りから金属的な高音へと変化し、耳に響く甲高い咆哮がドライバーを非日常の世界へと引き込んでくれます。まるで楽器のように調律されたこのV8は、エンジンであると同時に“感情を揺さぶる共鳴装置”だったのです。

パワーだけではなく、ハンドリング面でもF355は一級品でした。サスペンションには電子制御ダンパーが採用され、路面の状況や走行モードに応じて自動で減衰力が変化。これにより、コーナーではシャープな動きを見せながら、街乗りでは意外なほどしなやかな乗り味を提供します。

軽快なステアフィールと、リアミッドシップ特有のトラクション性能が融合したF355は、ワインディングでもサーキットでも、どんな場面でも運転が楽しいと感じさせてくれました。単に“速い”だけではなく、“気持ちよく速い”という点が、F355をドライバーズカーとして特別な存在にしているのです。

 

F1マチックの先駆けと、“現代クラシック”としての価値

1997年、F355に革新的な変化が訪れます。それが、世界初のF1マチック搭載市販車の登場です。これは、ステアリング裏のパドル操作だけでギアチェンジを行えるシステムで、クラッチペダルは存在しません。当時F1ではすでに主流となっていた技術を、いち早く市販車に導入したフェラーリの姿勢は、技術面でも一歩先を行くという誇りを示していました。

このF1マチックは、瞬時にギアを切り替えられる爽快感が魅力で、「公道でF1気分が味わえる」というキャッチコピーさえ現実味を帯びていました。ただし、現代のDCT(デュアルクラッチ)と比べると変速はやや荒削り。初期型はスムーズさに欠ける部分もあり、今なお愛されているのはどちらかといえば6速MTのベルリネッタです。

なぜ今、F355のMTモデルがこれほどまでに人気を集めるのでしょうか。それはひとえに、**“最後の高回転NA+MTフェラーリ”**という希少性と、アナログな操作感が失われつつある現代において、F355が“運転する楽しさの原点”を思い出させてくれるからです。特にクラシックフェラーリとしては価格も比較的抑えられていたことから、近年はコレクターや走りを愛するオーナーからの需要が急増しています。

さらに、F355の魅力は“見た目”にもあります。滑らかなボディラインとワイドなスタンスは、現代のフェラーリと比べても十分に美しく、いわば時代を超えて映える存在。ガレージに置いてあるだけでも満足感を得られる、そんな一台です。だからこそ、「走っても飾っても楽しめる車」として、F355は現代クラシックとしての価値を確立しているのです。

 

まとめ

フェラーリ・F355は、ブランドの転換点を象徴するような存在でした。それまでの“通好み”なフェラーリ像を見直し、より多くのドライバーが楽しめるスポーツカーとして開発されたことで、フェラーリは新たな時代に踏み出しました。見た目の美しさ、操る歓び、そしてエンジニアリングの粋が融合したF355は、「乗るフェラーリ」として数多くの人にその名を刻んだのです。

エンジンはNAでありながら380psを発揮し、8500回転まで回る高回転型V8。吸気・排気ともに理想を追求した5バルブ構造がもたらすサウンドとレスポンスは、今なお唯一無二の体験といえます。さらに電子制御ダンパーによる乗り心地の進化、そしてF1マチックという未来への技術も先取りし、F355は単なるスポーツカーを超えた完成度を誇っていました。

それでも、もっとも“心に響く一台”として語り継がれているのは、6速MTのベルリネッタではないでしょうか。クラッチを踏み込み、シフトレバーを操作しながらエンジンの鼓動を感じるあの感覚は、どんなにテクノロジーが進化しても変えがたいものです。F355は、そんなアナログと情熱の記憶を宿した“現代クラシック”として、これからも多くのファンに愛され続けることでしょう。