
メルセデス・ベンツ ML320(W163前期型)諸元データ
・販売時期:1998年(日本導入)~2001年
・全長×全幅×全高:4600mm × 1840mm × 1815mm
・ホイールベース:2820mm
・車両重量:2020kg
・ボディタイプ:SUV(5ドア)
・駆動方式:4WD(フルタイム)
・エンジン型式:112型
・排気量:3199cc(V型6気筒SOHC)
・最高出力:218ps(160kW)/5600rpm
・最大トルク:31.6kgm(310Nm)/3000rpm
・トランスミッション:5速AT
・サスペンション:前:ダブルウィッシュボーン / 後:ダブルウィッシュボーン
・ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
・タイヤサイズ:255/65 R16
・最高速度:約190km/h
・燃料タンク:83L
・燃費(10・15モード):約6.5km/L
・価格:およそ570万円(当時・新車価格)
・特徴:
- メルセデス初の本格SUV
- オンロード重視の設計
- アメリカ生産によるグローバル戦略モデル
1990年代後半、SUVというジャンルはただのオフロード車ではなく、快適なファミリーカーとしても注目を集め始めていました。そんな時代に、メルセデス・ベンツが満を持して投入したのが「Mクラス」です。従来のメルセデス車とはひと味違う、背が高くて力強いルックスと、四輪駆動のたくましさを兼ね備えたこのモデルは、同社にとってもまさに冒険的なチャレンジでした。
Mクラスは、アメリカ・アラバマ州に建てられた新工場で生産され、北米市場を最初のターゲットとして設計されました。これはドイツメーカーとしては異例の戦略であり、その意気込みはハリウッド映画『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』への車両提供という形でも示されました。スクリーンに登場したMクラスは、まだ発売前にもかかわらず世界中の注目を集めることになります。
ただし、華々しいデビューの一方で、初期モデルには品質面での課題も多く、特に日本を含む厳しい目を持つ市場では、思わぬ評価を受けることになります。それでもなお、Mクラスが残した足跡は大きく、後のSUV市場におけるプレミアムブランドの流れを作った立役者と言える存在です。

オンロード重視の設計と走行性能:メルセデス流SUVの誕生
初代Mクラス(W163型)は、メルセデス・ベンツが初めて開発した本格SUVです。しかしそのアプローチは、従来のクロカン四駆とは一線を画すものでした。Mクラスがこだわったのは、「オフロードを走れるメルセデス」ではなく、「舗装路を快適に走れるSUV」だったのです。
その象徴が、モノコック構造のボディと前後ダブルウィッシュボーンサスペンション。ラダーフレームが主流だった時代に、Mクラスは高剛性かつオンロード志向のシャシー設計を採用しました。これにより、セダンのような乗り心地と操縦安定性を実現し、ロールの少ないフラットな走りが特徴となっていました。ステアリングフィールも軽快で、女性ドライバーでも扱いやすいという声が多かったのも印象的です。
また、当時の主力グレード「ML320」はV6・3.2Lエンジンを搭載し、4WDシステムも悪路走行に十分耐える性能を確保していました。ただし、その4WD機構は電子制御式のシンプルなフルタイム4WDで、ハードなクロカン走行には不向きという評価も。とはいえ、この“ちょうどいい”バランスが、都会的SUVとしてのMクラスの地位を確立したのです。走破性よりも日常の快適性や取り回しの良さを重視したこの設計思想は、後のラグジュアリーSUVブームを先取りするものでした。

『ジュラシック・パーク』での先行デビュー:話題性と市販車のギャップ
1997年に公開された映画『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』に登場したのが、まだ発売前だったメルセデス・ベンツ Mクラスのプロトタイプです。恐竜が暴れるあの過酷なロケーションで、最新のSUVが縦横無尽に走り抜ける――この映画を通じて、世界中の人々が“メルセデスがSUVを作った!”という事実を知ることになります。
実際に登場したMクラスは、市販車とは異なる特装仕様で、車体にはプロテクターやルーフキャリア、追加の装備品があしらわれていました。車内では研究機材などがぎっしりと詰まっており、まさに映画用に作られた「科学探検車」という趣です。ただし、このビジュアルがかえって市販車に対する期待値を上げすぎてしまったという側面も否定できません。
映画でのMクラスは、ただの背景小物ではなく、ストーリーの中でもかなり重要な役割を担っていました。崖から吊り下がったり、T-レックスに襲われたりと、ハードなシーンで耐える姿が「タフなSUV」という印象を強く焼き付けたのです。しかし、実際の市販モデルはそこまでオフロード志向ではなく、どちらかといえば街乗り向きの仕様。このギャップは、後に一部のユーザーから“期待はずれ”という評価につながっていくことになります。それでも、映画という巨大な宣伝媒体を通して登場したことは、Mクラスの名を世界に広めるには十分すぎるほどのインパクトがありました。

アラバマからの挑戦と“想定外”の品質課題
華々しいデビューを飾ったMクラスですが、その裏にはメルセデスらしくない苦戦の歴史がありました。特に日本をはじめとする品質に厳しい市場では、「内装の質感がチープ」「組み付け精度が甘い」などの声が多く聞かれ、従来のドイツ製メルセデスに慣れたユーザーにとっては驚きすら感じさせたほどです。
その背景にあるのが、「アメリカ生産」という事実。初代Mクラスは、北米市場を主戦場と見定めて、アラバマ州タスカルーサに建設された新工場で生産されました。これはメルセデスにとって初の海外生産SUVであり、ラインもスタッフもゼロからのスタート。その結果、初期生産分では品質管理が徹底されず、樹脂パーツのズレや塗装ムラ、異音などが散見されるようになってしまいました。
もちろん、メルセデスもこの問題を放置していたわけではありません。2001年のマイナーチェンジでは、内装素材のグレードアップや組み立て精度の改善が図られ、徐々に評判を回復していきます。むしろこの“品質の落差”をきっかけに、ユーザーからのフィードバックを受けて品質管理体制を見直すことができたとも言えるでしょう。W163の経験は、後に続くW164やGLKなど、次世代SUVの品質向上にも活かされていくことになります。
まとめ
初代メルセデス・ベンツ Mクラス(W163型)は、単なるSUVの新モデルではありませんでした。それはメルセデスがアメリカ市場へ本格進出するための旗艦であり、プレミアムSUVというジャンルの可能性を示すパイオニアでもありました。映画での華々しいデビューやオンロード性能の高さは話題性に富み、多くの人の注目を集めました。
一方で、アメリカ生産による品質のばらつきという課題も抱えており、それはメルセデスにとって“想定外の試練”だったかもしれません。しかし、その失敗を真摯に受け止めて改善へとつなげたことが、後のメルセデスSUV群の成功に直結していったのです。
今振り返ると、W163型はまだ“完成されていない理想”だったのかもしれません。でも、その理想を追い求めて生まれた挑戦こそが、現代のGLCやGLEへとつながる道を切り拓いたのです。