
三菱・プラウディア 250 VIP(2012年モデル)諸元データ
・販売時期:2012年7月〜2016年12月
・全長×全幅×全高:4945mm × 1845mm × 1510mm
・ホイールベース:2900mm
・車両重量:1640kg
・ボディタイプ:4ドアセダン
・駆動方式:FR(後輪駆動)
・エンジン型式:VQ25HR
・排気量:2495cc
・最高出力:225ps(165kW)/ 6400rpm
・最大トルク:26.3kgm(258Nm)/ 4800rpm
・トランスミッション:7速AT(マニュアルモード付)
・サスペンション:前:ダブルウィッシュボーン / 後:マルチリンク
・ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
・タイヤサイズ:前後 225/55R17
・最高速度:非公表(参考:フーガで約230km/h)
・燃料タンク:80L
・燃費(JC08モード):約11.0km/L
・価格:499万3200円(250 VIP)
・特徴:
- 日産・フーガのOEM車として復活
- 専用フロントグリルやエンブレムで差別化
- 三菱にとって10年以上ぶりの高級セダン復活
一度は姿を消した三菱の高級セダン「プラウディア」が、2012年に突如として復活しました。けれどその姿を見て「これ、どこかで見たことがあるような…?」と思った方も多かったはず。実はこの2代目プラウディア、日産・フーガをベースにしたOEM供給車だったんです。
1990年代にダイムラーとの提携のもとで開発された初代モデルとは違い、今回は完全に外部の力を借りた復活劇。けれど単なる「バッジ替え」と片付けてしまうのは、ちょっともったいない。そこには三菱がこの時代に高級車を持ち続けようとした意地や、ブランドとしてのアイデンティティへの葛藤が詰まっていました。
販売面では正直あまり成功したとは言えませんが、それでもこの車が果たした役割は小さくありません。この記事では、2代目プラウディアが誕生した背景や、日産・フーガとの違い、そして商業的に失敗してもなお存在する意味などを、3つの視点から掘り下げていきます。
ちょっとマニアックなモデルかもしれませんが、だからこそ知っておきたい“もう一つの三菱の顔”に触れてみましょう。
なぜOEM供給を選んだのか?三菱の高級車戦略の変遷
1990年代後半、三菱自動車はプレジデントやセルシオに対抗すべく、ダイムラーとの協業で「ディグニティ」「プラウディア」といった高級車を送り出しました。しかし、バブル崩壊後の市場ではこれらはあまり受け入れられず、あっという間に販売終了へ。そして長らく三菱のラインナップから高級セダンは消え去ります。
その後、2000年代の経営危機を経て、三菱は徹底した「選択と集中」によってSUVや軽自動車に注力していきます。そんな中で、セダン市場からの完全撤退は避けられないように見えました。しかし実は、官公庁や一部企業の需要が少なからず存在しており、「フラッグシップ不在では困る」という声もあったのです。
こうした背景から、三菱は新たに自前で開発するのではなく、日産からのOEM供給という形で高級セダンの復活を選びました。当時はすでに日産との業務提携が進んでおり、コストを抑えつつラインナップの“穴”を埋める手段として、この方法は合理的だったとも言えます。
日産・フーガとの違いはどこに?「三菱らしさ」を探る
2代目プラウディアのベースは、日産のLクラスセダン「フーガ(Y51型)」でした。外観をよく見ると、バンパーやグリルの形状は独自デザインとなっており、三菱らしいシャープなラインを取り入れています。とくにフロントグリルは、ダイヤモンドを模したモチーフで、ブランドとしての存在感を醸し出そうとしていました。
インテリアも基本はフーガ譲りですが、ステアリングのエンブレムや一部のカラーリングで違いを演出。とはいえ、メカニズムや安全装備、パワートレインは日産と共通で、V6エンジンとFRの組み合わせによる滑らかな走りは共通の美点です。
では「三菱らしさ」はどこにあったのか。実は販売チャンネルやターゲット層の違いがポイントでした。日産が個人ユーザーや法人向けに広く展開していたのに対し、三菱は主に官公庁や法人の公用車ニーズに焦点を当て、営業戦略を変えていたのです。見た目や機能だけではなく、“売り方”そのものに三菱独自の戦略が宿っていたというわけですね。
商業的には失敗?それでも意義のあった存在理由
2代目プラウディアの販売台数はごくわずか。市場での知名度も高くはなく、中古車市場でもなかなか見かけない「レア車」となっています。その意味では、商業的に成功したとは言いづらいのが現実です。
しかし、だからといって存在意義がなかったわけではありません。この時期の三菱は、エコカーやSUVの展開でブランドを立て直しつつありましたが、「高級車ブランドとしての格」を保ちたいという意思も消えてはいなかったのです。事実、プラウディアはプレスリリースでも“フラッグシップ”と明確に位置付けられ、イメージ戦略の一環として導入されました。
さらに、官公庁向けのニーズにも一定の応えを見せており、三菱自動車が国内メーカーとして“全方位のラインナップ”を維持していたことの証にもなっています。ある意味でこれは、技術よりも「信頼性」や「ステータス感」が重視される分野でのプレゼンスを保つための一手だったのかもしれません。
「売れなかったけど、存在には意味があった」。そんな車って、時代の隙間にちゃんと存在しているんですよね。

まとめ
2代目プラウディアは、三菱自動車が再びフラッグシップを持とうとした時代の象徴とも言える存在です。自社開発ではなく、OEMという選択肢を取りながらも、そこに「三菱らしさ」をどう注入するか、そしてどのように販売していくかには確かな戦略がありました。
たしかに、販売台数という結果は振るわなかったかもしれません。でも、どんなに合理化が進んでも、企業が自らの“顔”を持ちたいと願うのは自然なこと。プラウディアは、その気持ちに応える形で静かに、でもしっかりと存在していたのです。
もし中古車市場でこの名前を見かけたら、それはちょっとした“企業の矜持”に触れる機会かもしれません。知られざるフラッグシップ、2代目プラウディア。見た目以上に奥の深い一台でした。