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BMW・i3:未来に生まれすぎた電気自動車

BMW・i3(120Ah、2018年モデル)諸元データ

・販売時期:2013年〜2022年
・全長×全幅×全高:4010mm × 1775mm × 1550mm
ホイールベース:2570mm
・車両重量:1365kg(BEV)/1480kg(REX)
・ボディタイプ:5ドアハッチバック
・駆動方式:後輪駆動(FR)
・エンジン型式:発電用エンジンは647cc 直列2気筒(REX仕様のみ)
・排気量:647cc(REX仕様)
・最高出力:170ps(125kW)/ 4800rpm(i3)
・最大トルク:25.5kgm(250Nm)/ 100rpm
トランスミッション:1速固定式(EVドライブ)
・サスペンション:前:マクファーソンストラット / 後:5リンク
・ブレーキ:前後ディスク
・タイヤサイズ:155/70R19(前)・175/60R19(後)
・最高速度:150km/h
・燃料タンク:9L(REX仕様)
・燃費(レンジエクステンダー時):約24.0km/L(欧州複合)
・価格:499万円〜(日本発売当初)
・特徴:
 - CFRPボディによる超軽量構造
 - リア駆動EVの独自設計
 - REXモデルで航続距離を延長可能

 

2013年、BMWが突如送り出した電気自動車「i3」は、多くの人にとって衝撃でした。「ついにBMWもEVに本気を出してきたか」と感じた方も多かったのではないでしょうか。ただの電気自動車ではなく、カーボン製のボディに後輪駆動、さらに“発電専用エンジン”という聞き慣れない装備まで搭載したこのクルマは、まるでSFの世界から飛び出してきたような存在でした。

とはいえ、理想を詰め込んだ分だけ、現実のユーザーとの間にはちょっとしたギャップもあったのも事実です。「すごいけど、ちょっと使いづらい」とか、「かっこいいけど、価格が高すぎる」なんて声もあちこちから聞こえてきました。そう、BMW・i3はただのエコカーではなく、良くも悪くも“尖りすぎていた”電気自動車だったのです。

今回はそんなi3について、その革新性とちょっと残念だった点をあわせて振り返りながら、なぜこのクルマが今なお語り継がれているのかを探ってみたいと思います。

革新だらけのi3、その「未来感」と現実のギャップ

BMW・i3が登場したとき、もっとも注目されたのはその未来的な構造でした。最大の特徴は、カーボンファイバー強化プラスチック(CFRP)で作られた“ライフモジュール”と呼ばれるキャビン部分。これは従来の鋼板ボディでは達成できなかった軽量性と高剛性を実現し、EVとしての効率を高めるものでした。しかもこの構造、BMWが高級車やレースカーで培った技術を応用した本気の設計だったのです。

また、バッテリーやモーターなどの駆動系はアルミ製の“ドライブモジュール”に収められ、完全に上下で機能を分離したレイヤー構造も革新的でした。デザインも思いきり近未来で、観音開きのリアドアとピラーのない構造に驚いた方も多かったと思います。「あれ、これコンセプトカーのまま市販しちゃったの?」と思えるほど、量産車らしからぬ存在感がありました。

ただ、こうした「未来感」がそのまま便利さに直結するかというと、話は別です。たとえば観音開きのドアは、開放感は抜群でも、狭い駐車場で後席に乗るには意外と気を使います。またCFRPの車体は補修に特殊な技術が必要で、板金が難しく、ちょっとした事故でも修理代が高くつくという声もありました。未来的すぎるがゆえに、「日常に落とし込むと意外と使いづらい」部分も目立ってしまったのです。

つまり、BMW・i3は「挑戦の塊」である一方で、その分ユーザー側にちょっとした“覚悟”が求められるクルマだったとも言えます。

走りはやっぱりBMW?でも万人向けじゃなかった理由

BMWと聞けば、やっぱり「駆け抜ける歓び」を思い浮かべる人が多いはずです。電気自動車になってもその哲学を崩さなかったのがi3のすごいところで、コンパクトカーでありながら駆動方式はまさかの後輪駆動。しかも、低重心なバッテリー配置と軽量なボディが相まって、ハンドリングはまるで小さなスポーツカーのようでした。アクセルを踏んだ瞬間にレスポンスよくトルクが立ち上がる感覚は、まさにEVならではの「走りの快感」。BMWらしさがしっかりと宿っていました。

さらに、のちに追加された「i3s」では出力がアップし、足回りも強化。見た目もちょっぴりアグレッシブで、スポーツグレードらしいキャラクターを備えていました。EVだけど楽しい、コンパクトだけど本格的。そう感じた方も多いと思います。

しかし、この「走りの良さ」が裏を返すと、少し“とんがりすぎ”だったのも事実です。たとえば、ステアリングは意外とクイックで、車に慣れていない人が運転すると「ちょっと神経を使う」と感じるかもしれません。また、軽さを追求するために採用された極細のタイヤ(155/70R19)も、乗り心地や段差の突き上げに影響しやすく、「段差が気になる」「ゴツゴツする」といった声も聞かれました。

しかも、FRのメリットが活きるほどの余裕がある道ばかり走るわけではありませんし、そもそもi3のユーザー層の多くは「楽しく走りたい」というより「環境に配慮したい」「日常の移動をスムーズにしたい」という人たち。つまり、走りに振ったi3の設計は、一部の熱心なBMWファンには刺さっても、すべての人にとって快適な乗り物だったかというと、そうではなかったかもしれません。

i3は「ドライバーズEV」という新しいジャンルを作ろうとした挑戦的なクルマでしたが、そのぶん、もう少し穏やかで平均的な選択肢を求める人には届きにくかったように感じます。

航続距離不安とレンジエクステンダー、そのジレンマ

BMW・i3が発売された2013年当時、電気自動車の最大の課題は「一充電あたりの走行距離」でした。初期型のi3は60Ahバッテリーを搭載し、実際の航続距離はせいぜい120〜150km程度。都市部で使うには十分とはいえ、少し遠出をしようものなら「あとどれくらい走れる?」と不安になることも少なくありませんでした。

そこで登場したのが、i3のもうひとつの顔とも言えるレンジエクステンダー(REX)です。これは小型のガソリンエンジンを発電専用として搭載し、電池が減ってきたら自動でエンジンが起動してバッテリーを充電しながら走行を継続できる仕組み。直接タイヤを駆動しないという点が普通のハイブリッド車とは大きく異なります。まるで「予備電源を背負ったEV」とも言えるような構造で、当時としては非常にユニークな提案でした。

しかしこのREX仕様にも、少し悩ましいジレンマがありました。まず、日本では法的な区分が「ハイブリッド車」とされてしまい、補助金が減額されたり、優遇措置の対象から外れるケースがあったのです。せっかくの電気自動車なのに「電動車として扱ってもらえない」もどかしさは、i3ユーザーの間でたびたび話題になりました。

また、REX仕様はエンジン音が意外と大きく、「静かなEVに乗っているつもりが急にバイクみたいな音が鳴る」と驚く人もいたようです。さらに、わずか9Lという小さな燃料タンクは「精神的な安心感」はあっても、長距離移動で何度も給油する必要があり、思っていたほど便利とは感じられなかったかもしれません。

つまり、航続距離の不安を解消するために導入されたREXでしたが、それは完全な“解決策”というより、EV普及期ならではの“つなぎ”だったのかもしれません。i3はその中で、EVの未来と現実のちょうど真ん中に立つような存在だったのです。

まとめ

BMW・i3は、量産電気自動車としての実用性と、BMWらしい走りの楽しさを両立させようとした、まさに「時代の先を行った一台」でした。カーボンボディやFRレイアウトといった大胆な設計、発電専用エンジンによるレンジエクステンダーの採用など、クルマづくりの常識をひとつひとつ見直す姿勢には、ドイツメーカーとしての気概を感じます。

その一方で、i3は“未来すぎた”がゆえに、当時のユーザーの日常に寄り添いきれなかった部分も確かにありました。補修性や価格、法的扱いなど、技術だけでは割り切れない壁も存在し、それが一部のユーザーにとっては「扱いづらいEV」と映ってしまったのかもしれません。でも、もしこのクルマがいなかったら、今のEVの風景はきっと違っていたはずです。

10年近い販売期間を経て、i3は静かにその役目を終えました。しかし、その革新性や挑戦の姿勢は、今もBMWの電動化モデルや他社のEVにも色濃く受け継がれています。i3は、未来を夢見て本気で作られたクルマでした。そして何より、「こういうクルマもあったよね」と、振り返るたびにワクワクさせてくれる存在だったと思います。