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フォルクスワーゲン・ザ・ビートル:失われたビートルのDNAを追って

フォルクスワーゲン・ザ・ビートル Design 諸元データ

・販売時期:2012年4月~2019年7月
・全長×全幅×全高:4,280mm × 1,815mm × 1,495mm
ホイールベース:2,535mm
・車両重量:1,320kg
・ボディタイプ:3ドアハッチバック
・駆動方式:FF(前輪駆動)
・エンジン型式:CAV
・排気量:1,197cc
・最高出力:105ps(77kW)/5,000rpm
・最大トルク:17.8kgm(175Nm)/1,500-4,100rpm
トランスミッション:7速DSG(デュアルクラッチ式)
・サスペンション:前:ストラット / 後:トレーリングアーム
・ブレーキ:前:ベンチレーテッドディスク / 後:ディスク
・タイヤサイズ:215/60 R16
・最高速度:180km/h(欧州仕様参考)
・燃料タンク:55L
・燃費(JC08モード):約17.6km/L
・価格:249万円(発売当初のDesignグレード)
・特徴:
 - ワイド&ローなスポーティデザイン
 - レトロとモダンが融合したインテリア
 - 豊富な限定モデル展開

 

前書き

「カブトムシ」の愛称で知られるフォルクスワーゲン・ビートルは、自動車史において間違いなく最もアイコニックな存在のひとつです。オリジナルのタイプ1から始まり、1998年にはレトロモダンな「ニュービートル」として復活。そして2011年、さらに進化を遂げた2代目モデルが「ザ・ビートル」として登場しました。まるで昔の友人が、雰囲気をガラッと変えて現れたような驚きを覚えた方も多いのではないでしょうか。

このザ・ビートル、ただ見た目が変わっただけではありません。フォルクスワーゲンがブランドのアイデンティティを再定義しようとする中で、このモデルには大きな使命が与えられていました。単なる懐古主義ではなく、現代にフィットする走行性能や快適性、そして「男前」に進化したデザインで新たなファン層を獲得しようとしたのです。

そんなザ・ビートルが持つ魅力とは何か?この記事では、その見た目の変化から始まり、開発にまつわる裏話、そして生産終了という節目に込められた想いまで、3つのトピックに分けてじっくりご紹介していきます。

 

“男前”になった2代目のデザイン進化

ザ・ビートルが登場したとき、まず注目されたのはそのデザインの大変身でした。前モデルのニュービートルは、丸みを帯びた柔らかいフォルムが特徴で、「かわいいクルマ」の代表格とも言える存在でした。しかし、2代目となるザ・ビートルは、ひと目でそれと分かるレトロなDNAを保ちながらも、どこか精悍で力強い印象へと変貌を遂げたのです。その秘密は、車高を下げて全幅を拡大し、より低く、よりワイドに設計されたボディラインにあります。

デザイン担当は、当時フォルクスワーゲンで多くのヒット作を手がけたクラウス・ビショフ率いるチーム。彼らは「ただの再演ではなく、ビートルを再創造する」ことを掲げました。フロントガラスの角度は立てられ、ルーフラインはリアエンドに向かって流れるように伸び、まるでクーペのようなシルエットに。ホイールアーチも力強く張り出し、どの角度から見ても“男前”な印象を醸し出します。これは女性ユーザー中心だったニュービートルから、より幅広い層へアピールするための明確な戦略でもありました。

インテリアもまた、進化を感じさせるポイントのひとつです。レトロ感を残しつつも、水平基調のダッシュボードやボディ同色のパネル、グローブボックスの形状などにはオリジナル・ビートルへのオマージュが込められています。とはいえ、最新のインフォテインメントや快適装備も抜かりなく、見た目だけでなく実用性もきっちり押さえたところはさすがフォルクスワーゲンといったところ。クラシカルな外観と現代の機能性が見事に融合したデザインは、まさに“新時代のビートル”と呼ぶにふさわしいものでした。

 

“カブトムシの血統”を受け継ぐための試行錯誤

ザ・ビートルの開発には、フォルクスワーゲン内部の大きな葛藤と挑戦がありました。ニュービートルがレトロブームを支えたアイコンだったことは間違いありませんが、その可愛らしい外観が一部では「ファッションカー」として見なされ、クルマ好きからは少し距離を置かれていたのも事実。次にビートルを出すならば、単なる焼き直しではいけない。フォルクスワーゲンはブランドの重みを背負った“本気のビートル”を世に出す必要がありました。

プロジェクトのキックオフ時から、開発陣が向き合っていたのは「過去とどう向き合うか」という命題です。1938年から続くオリジナル・ビートルの系譜をどう未来へとつなぐか、その手段として選ばれたのが「原点回帰しながら、現代の技術で再構築する」という手法でした。デザイン面ではすでに紹介した通りですが、走りや安全性、利便性などの面でもゴルフVIをベースにすることで、ニュービートルより一段階上の実力を目指しました。

さらに、開発チームは初期段階から「ビートルを再び世界中に愛される存在にする」というグローバル戦略を意識していました。特に重要視されたのがアメリカ市場。オリジナルのビートルがアメリカで文化的アイコンとなった歴史を持つだけに、ザ・ビートルもその意志を継ぐ存在として設計されました。そのため、スポーツモデル「ターボ」や6速MT仕様、そして後の特別仕様車など、走りにこだわるユーザーへのアピールも欠かさなかったのです。これはフォルクスワーゲンが“思い出のクルマ”としてではなく、“今を走るビートル”を作ろうとした証でした。

 

惜しまれつつ消えた「最後のビートル」

2019年7月、ザ・ビートルの生産がついに終了するというニュースは、世界中のファンの心をざわつかせました。その最後を飾ったのが「ファイナルエディション」と名付けられた特別仕様車グロスブラックのホイールやクローム加飾、特別なロゴバッジなど、これまでのビートルの魅力を集大成としてまとめたような仕様に、多くのファンが感慨深く頷いたものです。あの愛嬌あるシルエットに「これで終わりなんだな」という寂しさが重なり、どこかエモーショナルな存在感を放っていました。

この生産終了の背景には、自動車業界の大きな変化があります。SUVの台頭や電動化の加速、実用性や効率性が重視される時代の中で、ビートルのような「趣味性」の強いモデルの立場はどんどん狭くなっていきました。フォルクスワーゲンも、グローバル戦略の再構築を進める中で、「ID.」シリーズを代表とする電動化へと舵を切っており、クラシックモデルへのリソースを割く余裕は次第になくなっていったのです。

それでも、ザ・ビートルは最後まで「自分らしさ」を貫いたクルマでした。限定車には“サウンド”や“R-Line”、ポップな“デューン”など、個性にあふれる仕様がずらりと揃い、オーナーの好みに合わせて選べる楽しさがありました。中でもファイナルエディションは、「ただの終わり」ではなく、「伝説の一章の終幕」というような美しい別れを演出してくれました。今も中古車市場で人気が高いのは、その存在が一過性のブームではなかったことを物語っています。

 

まとめ

フォルクスワーゲン・ザ・ビートルは、単なる“ビートルの最新型”という枠に収まらない、独自の価値を持ったモデルでした。先代ニュービートルの「かわいい系」から脱却し、よりシャープでスポーティに変貌を遂げたその姿は、多くの人々に新鮮な驚きを与えました。外見だけでなく、中身も走りも現代的に進化し、レトロ感と実用性の絶妙なバランスを追求したその設計は、開発陣の熱意がにじみ出た結果と言えるでしょう。

そして何よりも印象的だったのは、その“終わり方”です。ファイナルエディションという名の通り、ザ・ビートルは花道を飾るかのように生産終了を迎えました。これはただのモデルチェンジではなく、「ビートル」という時代そのものにひとつのピリオドが打たれた瞬間でした。それでもなお、多くの人がいまもザ・ビートルに惹かれるのは、そのクルマが「過去」と「今」をつなぎ、そして「未来」に何かを残してくれた存在だからに他なりません。

見た目に惹かれて、運転して好きになって、最後に別れを惜しむ。そんな一台がいつまでも心に残るのは、きっとそれが“ビートル”だからなのでしょう。