ワールド・カー・ジャーニー

世界中のクルマに出会える旅へ

アルファロメオ・8C 2900B:世界で十数台、伝説のアルファ

アルファロメオ・8C 2900B 諸元データ

・販売時期:1937年〜1939年
・全長×全幅×全高:4500mm × 1700mm × 1400mm(※モデルにより異なる)
ホイールベース:2800mm(ロング)、2700mm(ショート)
・車両重量:約1100kg
・ボディタイプ:クーペ / スパイダー(2ドア)
・駆動方式:FR(後輪駆動)
・エンジン型式:直列8気筒DOHC+ツインスーパーチャージャー
・排気量:2,905cc
・最高出力:180ps(132kW)/ 5200rpm
・最大トルク:22.5kgm(221Nm)/ 2500rpm前後(推定)
トランスミッション:4速MT
・サスペンション:前:独立懸架トーションバー / 後:リジッドアクスル+リーフスプリング
・ブレーキ:4輪ドラムブレーキ
・タイヤサイズ:18インチ(当時のレーシング規格に準拠)
・最高速度:約185km/h
・燃料タンク:100L(モデルにより異なる)
・燃費(参考値):約4〜5km/L(推定)
・価格:当時の価格は不明(現代のオークションでは数億円超)
・特徴:
 - レース用に開発されたエンジンを搭載し、市販車最速クラスの性能
 - 一台一台が異なるボディデザインを持つコーチビルドカー
 - 世界に十数台しか存在しない極めて希少な存在

 

「芸術と工学の結晶」――そんな言葉が、これほどまでにしっくりくるクルマがあるでしょうか。1930年代後半、世界が戦争へと傾きつつあった時代に、アルファロメオはそのすべての技術と美学を注ぎ込んで、一台の奇跡を生み出しました。それが「アルファロメオ・8C 2900B」です。

このクルマは、単なるクラシックカーという枠を超えています。1936年から39年にかけて、わずか数十台しか製造されなかった8C 2900Bは、まさに“走る宝石”。その中身は、当時のレース界を席巻した8Cシリーズのレーシングマシンとほぼ同等のスペックを持ち、しかも公道を走れる――というのだから驚きです。

そしてもうひとつの魅力は、その姿。車体のデザインはカロッツェリア・ツーリングやザガートなど名だたるコーチビルダーによって手がけられ、それぞれが異なるボディスタイルをまとっています。これらの1台1台は、まるで彫刻のような存在感を放ち、今なお世界中のコレクターの心を掴んで離しません。

本記事では、そんな8C 2900Bの性能の驚異芸術的なボディワーク、そして現在の価値と希少性について、3つの視点からじっくりとご紹介していきます。

 

戦前最速のロードゴーイングカー──8C 2900Bのスペックと性能

アルファロメオ・8C 2900Bは、1930年代においてほぼ無敵ともいえる存在感を放っていました。その理由は、当時のレーシングカーである「8C 2900A」のメカニズムをほぼそのまま引き継いだことにあります。つまり、このクルマはレース仕様のマシンにナンバープレートを付けたようなものだったのです。

最大の注目点は、直列8気筒DOHCエンジンにツインスーパーチャージャーを組み合わせたユニット。このエンジンは、約180馬力を発生し、最高速度はなんと約185km/h。今でこそこの数字は驚くべきものではないかもしれませんが、当時の乗用車の多くが100km/hにも届かなかったことを考えると、これはほぼ“戦闘機並み”のスペックだったといえます。

また、このクルマは単に速いだけではありません。4輪独立懸架サスペンションという先進的な足回りを採用しており、操縦性や快適性も高水準。加えて、大容量のブレーキドラムによって高速域からの減速にも対応。つまり、パワー・シャシー・ブレーキの三拍子が揃っていたというわけです。

こうしたパッケージングにより、8C 2900Bは当時「世界最速の市販車」として称賛されただけでなく、後のGTカーやスーパーカーの礎を築いたモデルとしても語り継がれています。その技術力と情熱の詰まった設計は、現代の視点から見ても全く色あせることがありません。

 

カロッツェリアの芸術品──ボディデザインの美しさとバリエーション

アルファロメオ・8C 2900Bの真の魅力は、その走りだけにとどまりません。むしろ「見ているだけで心が震える」と言われる美しいボディラインこそが、この名車を伝説へと押し上げた要因とも言えるでしょう。そしてそれを実現したのが、当時を代表するカロッツェリアたちの存在でした。

8C 2900Bは、シャシー単体で販売され、コーチビルダーがそれぞれの手でボディを架装するという方式を採用していました。中でも代表的なのが、ミラノの名門「ツーリング」が手がけたスパイダーとクーペです。特に“スーパーレッジェーラ”と呼ばれる軽量構造で仕立てられたボディは、空力と美しさを両立した流線型の傑作。長いボンネット、なだらかなフェンダーライン、そして低く構えたシルエットが、まさに芸術品のように輝いています。

また、スポーツカーらしい精悍さを求めるなら「ザガート」製のボディも見逃せません。よりコンパクトで軽量なスタイルは、ル・マンやミッレミリアといったレースでの戦闘力を重視した仕様であり、機能美と職人技が融合した逸品です。そのほかにも、ピニンファリーナやカスタム仕様の一部モデルなど、8C 2900Bは一台一台が異なる顔を持つ“ワンオフ”の世界に君臨しています。

それらの多くは今なおコンコルソ・デレガンツァやペブルビーチといったクラシックカーイベントで主役級の扱いを受けています。つまり、8C 2900Bは速さだけでなく「美しさで勝負できるクルマ」でもあるのです。現代のデザイナーたちが手本にするのも納得ですね。

 

幻の名車と呼ばれる理由──希少性とオークションでの高額取引

アルファロメオ・8C 2900Bが“幻の名車”と称される最大の理由は、その希少性と収集価値の高さにあります。もともと1937年から1939年の短い期間にわずか30台前後しか製造されなかった8C 2900Bは、当時から非常に高価で限られた顧客しか手にすることができないモデルでした。そして戦争の混乱を経た現在、現存が確認されているのは十数台程度と言われています。

こうした背景があるため、8C 2900Bはクラシックカー市場でも“最上級”の存在として扱われます。特に注目を集めたのが、2016年にRMサザビーズのオークションで落札された「1939年型 8C 2900B ロンギッシマ」。この車両は驚異の**およそ1900万ドル(当時約19億円)**という価格で落札され、自動車史に名を刻む取引となりました。

ただ高いだけではありません。買い手は往々にして、世界的な自動車博物館の館長、著名なレーサー、または超富裕層の個人コレクターといった“クルマを愛する本物の目利き”たち。なかには、有名俳優ラルフ・ローレンのコレクションに含まれているとも言われており、芸術品やジュエリーと並ぶ“投資資産”としても注目されているのです。

希少性、芸術性、走行性能、そして歴史的背景。このすべてを高次元で満たしているがゆえに、8C 2900Bはただのクラシックカーではなく、「永遠に色褪せない夢のマシン」として今もなお世界中のエンスージアストを魅了し続けています。

 

まとめ

アルファロメオ・8C 2900Bは、ただのヴィンテージカーではありません。それはまるで、時代の頂点を極めた技術と芸術が結晶化した“モータリングの至宝”です。レース由来の圧倒的な性能、ため息が出るほど美しいコーチビルドのボディ、そして世界に数台しか存在しないという究極の希少性。そのどれもが他のクラシックカーとは一線を画しています。

このクルマが誕生したのは、第二次世界大戦前夜という不安定な時代。それでもアルファロメオはあえて、妥協のないクルマ作りを選びました。そこには、「速く、美しく、そして特別であること」への強いこだわりがありました。そしてそれは、現代の我々にも十分に伝わってくる力を持っています。

時代を超えて人々を魅了し続ける8C 2900B。その存在は、まさにクルマが単なる移動手段ではなく、夢や感動を乗せて走る芸術作品であることを私たちに教えてくれます。