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ルノー・クリオV6:後ろにエンジン!?フランスが生んだ驚異のRRモンスター

ルノー・クリオ ルノースポール V6 フェーズ2 諸元データ

・販売時期:2003年~2005年
・全長×全幅×全高:3827mm × 1830mm × 1360mm
ホイールベース:2510mm
・車両重量:1400kg
・ボディタイプ:3ドアハッチバック
・駆動方式:RR(後輪駆動)
・エンジン型式:ES9
・排気量:2946cc
・最高出力:255ps(188kW)/ 7150rpm
・最大トルク:30.6kgm(300Nm)/ 4650rpm
トランスミッション:6速マニュアル
・サスペンション:前:マクファーソンストラット / 後:ダブルウィッシュボーン
・ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
・タイヤサイズ:前:205/40 ZR18 / 後:245/40 ZR18
・最高速度:235km/h
・燃料タンク:60L
・燃費(参考):約8〜9km/L(欧州複合モード)
・価格:約45,000ユーロ(当時のフランス国内価格)
・特徴:
 - ミッドシップレイアウトを採用した異色のホットハッチ
 - ワイドボディや足回りなど、ほぼ専用設計
 - ワンメイクレースを前提に企画された特別モデル

 

ルノーと聞いてまず思い浮かべるのは、コンパクトで実用的なハッチバックや、F1で培ったテクノロジーを活かした高性能モデルかもしれません。でも、2000年代初頭、ルノーはその両極をブレンドし、まるで“正気の沙汰じゃない”ようなクルマを本気で作ってしまいました。それが「ルノー・クリオ ルノースポール V6」です。

この車、見た目こそベースとなったクリオ(日本名:ルーテシア)に似ているものの、実際はまるで別物。エンジンはフロントにはありません。後席を取っ払って、そこにV6ユニットをドーン!しかも駆動方式はFFではなくRR。そう、あのポルシェ911と同じレイアウトをコンパクトカーでやってしまったんです。

しかもこの変態的なコンセプト、ルノーとしては初めての試みではありませんでした。かつて1980年代に「ルノー5ターボ」というモンスターを生み出し、コンパクトカーの常識をぶち壊してきた過去があったのです。つまり、クリオV6はただの変わり者ではなく、“ルノーらしい”血統を受け継いだ存在なんですね。

今回はそんなクリオV6の誕生秘話から、徹底的な専用設計、そしてスーパーカー顔負けの走行性能まで、ルノーの狂気と情熱が詰まったこのホットハッチを深掘りしていきます。自動車ファンならきっと心がざわつく、そんな一台にご案内しましょう。

 

常識破りのモンスターハッチ誕生:エンジンが“後ろ”にある理由とは?

クリオV6が初めて姿を現したのは、1998年のパリモーターショーでのこと。観客の度肝を抜いたのは、見慣れたコンパクトなボディに不釣り合いなほどワイドなフェンダー、そして「リアシートを潰してエンジンを置いた」という前代未聞のレイアウトでした。しかもそこに収まるのは、エスパスやラグナに搭載されていた3リッターV6ユニット。まさかのミッドシップ、そしてRR(リアエンジン・リアドライブ)です。
このプロジェクトの開発を担ったのは、ルノースポールとイギリスのTWRトム・ウォーキンショー・レーシング)。TWRはかつてジャガール・マンカーや、ボルボ850のBTCC参戦車などを手がけた実力派です。そんなモータースポーツ畑のプロフェッショナルたちが、日常の足であるクリオを“暴れ馬”に変えたわけです。

なぜ、こんな無謀とも思えるチャレンジに踏み切ったのか。そのヒントは、1980年に登場した伝説のモデル「ルノー5ターボ」にあります。この車もまた、FFベースのコンパクトカーをベースに、後部座席を潰してターボ付き1.4リッターエンジンをミッドシップで搭載。グループBラリーのホモロゲ取得のためとはいえ、量産車としてはあまりにラジカルな作りでした。それでも“ルノーがやればアリになる”という前例があったからこそ、クリオV6の開発にも現実味が出たのでしょう。

もっとも、クリオV6はラリーカーではありませんでした。むしろサーキットでのワンメイクレースと、公道での“異端児ぶり”を楽しむためのモデル。つまり、単なるスペシャルモデルではなく、「速くて、変で、カッコいい」というルノーのユーモアと本気が詰まったコンセプトカーそのものだったのです。そしてそれは見事に量産され、市販されるに至りました。まさにフランス流“モンスターハッチ”の誕生です。

 

ワンメイクレースと専用設計:公道最強ホットハッチへの挑戦

ルノー・クリオ V6が“ただの変態車”で終わらなかった理由は、その開発背景に「レースありき」の思想があったからです。実はこのクルマ、当初からワンメイクレース用のベース車両として企画されていました。その名も「クリオ V6 トロフィー」。2000年から欧州各地で開催されたこのシリーズでは、ナンバー取得不可の競技用車両を使い、若手ドライバーたちが腕を競い合いました。つまり、クリオ V6は走るために生まれ、公道仕様はその“副産物”だったとも言えるのです。

そしてこのベースマシン、見た目はクリオっぽくても中身はまるで別モノ。まず、車体後半部は完全に専用設計で、通常のクリオとはまったく互換性がありません。リアサスペンションにはダブルウィッシュボーンを奢り、ホイールベースも広げられ、サイドエアインテーク付きのワイドボディはもはや別次元の迫力。エンジンフードからは堂々とV6が鎮座し、ボディの“前半分”をだまして再利用しているような、そんな不思議なバランスで成立しています。

もちろんパーツ構成も徹底しており、フロントバンパー、フェンダー、ボンネット、ドア、リアフェンダー、リアバンパー、そしてルーフまで、実に70%以上の外装パーツが専用品。さらに6速マニュアルトランスミッションや専用チューニングのサスペンション、太いタイヤに対応したボディ構造の強化など、「これって新車作るより大変なんじゃ…?」と心配になるレベルのカスタムぶり。量産車とは思えない手間のかかりようには、開発陣の“本気で遊ぶ”精神がにじみ出ています。

こうした専用設計は、走りの性能向上という目的もありますが、それ以上に「ルノーがやるからにはここまでやる」という、プライドの表れだったのかもしれません。フェーズ1からフェーズ2への進化では、出力アップや車重バランスの最適化が図られ、完成度はさらに高まりました。もはや「変わり種のスポーツカー」ではなく、「真面目に作った変態車」。これこそがクリオ V6最大の魅力ではないでしょうか。

 

スーパーカー顔負けの走行性能:V6の雄叫びとRRの刺激

ルノー・クリオ V6を語るうえで、避けて通れないのがそのじゃじゃ馬っぷりです。特に2003年に登場したフェーズ2では、最高出力が255psまで引き上げられ、0-100km/h加速はわずか5.8秒。最高速は235km/hに達し、スペックだけ見ればポルシェ・ボクスターBMW・M3(E46)と肩を並べるレベルに進化しました。とはいえ、数値に現れない“クセの強さ”こそが、クリオV6の真骨頂とも言えるでしょう。

まず、エンジンレイアウトがRR(リアエンジン・リアドライブ)であることがすべてを物語っています。クリオ V6は、後ろに重たいV6エンジンを抱えており、重量配分はリアに偏りがち。そのため、低速域では安定感がある反面、コーナーではスロットルワークひとつでリアが大暴れします。現代の電子制御満載なスポーツカーとは違い、こちらは完全に“腕が試される”タイプ。ドライバーの技量がモロに出るのです。

とはいえ、ただ危険なクルマではありません。RRレイアウト特有のトラクション性能の高さと、V6エンジンの太く鋭いトルク特性が相まって、直線ではまさに“蹴飛ばされるような加速”を味わえます。マフラーから響く低く太い排気音も、コンパクトなボディに似つかわしくないほど野太く、踏み込むたびに笑いが込み上げてくるはずです。そしてそのすべてが、「え?これほんとにクリオなの?」というギャップでさらに印象を強めてくれます。

乗りこなすには多少の覚悟が必要。でも、それを乗りこなせたときの喜びは、スーパーカーにも引けを取りません。むしろ、日常の風景に溶け込める“普通っぽさ”と、走らせたときの“怪物っぽさ”のギャップこそが、このクルマの最大の中毒性。全力で振り回してあげたくなる、そんな“愛すべき暴れ馬”なのです。

 

まとめ

ルノー・クリオ ルノースポール V6は、一見するとコンパクトなハッチバックに見えます。しかしその中身は、ルノーの狂気と情熱、そしてモータースポーツの魂がぎっしり詰まった“走る芸術作品”でした。FFベースの大人しいクリオを、あえてRRミッドシップに変えてしまうという発想は、普通の自動車メーカーにはまずできない芸当です。しかも、その前例としてルノー5ターボという“異端児の系譜”があるというのがまた面白いところ。

その開発にはTWRのようなモータースポーツのプロが関わり、設計の7割以上が専用パーツ。市販車なのにまるでレーシングカーのような仕上がりは、「どうせやるならとことんやる」というルノースポールの美学を感じさせます。さらにはワンメイクレース起点で生まれた背景もあり、その走りは見た目以上に本格派。RRならではの挙動、V6エンジンの豪快なトルク、そして“手強さ”さえも含めて、クリオV6はドライバーに強烈な印象を与えてくれます。

こうしたクルマが市販され、路上を走っていたという事実は、今となっては奇跡的です。安全基準や環境規制が厳しくなる現代では、もう二度と現れないかもしれない“フランス流の変態スポーツカー”。その存在を知り、魅力に触れることは、クルマ好きとしての特権かもしれません。走りを愛し、ちょっと変わった個性を愛せる人にとって、クリオV6は永遠のアイコンと言えるでしょう。