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ブガッティ・タイプ35:美と速さを極めた“走る芸術品”の真実

ブガッティ・タイプ35 諸元データ

・販売時期:1924年~1931年
・全長×全幅×全高:3680mm × 1320mm × 1230mm
ホイールベース:2400mm
・車両重量:約750kg
・ボディタイプ:オープン2シーター
・駆動方式:FR(後輪駆動)
・エンジン型式:直列8気筒SOHC
・排気量:1991cc
・最高出力:約90ps(66kW)/ 6000rpm
・最大トルク:詳細不明(当時はトルク表記が一般的でなかった)
トランスミッション:4速MT
・サスペンション:前:リーフリジッド / 後:リーフリジッド
・ブレーキ:機械式ドラムブレーキ(前後)
・タイヤサイズ:専用軽合金ホイール採用(サイズはモデルにより異なる)
・最高速度:約190km/h(仕様による)
・燃料タンク:約80L
・燃費:非公表
・価格:当時の価格で約10,000フラン(高級車の部類)
・特徴:
 - 軽量な中空スポークホイールを世界初採用
 - 当時のグランプリレギュレーションに適合
 - 5年間で約1,000勝以上のレース実績

 

速さと美しさを極めた伝説のレーサー、ブガッティ・タイプ35とは?

1920年代のヨーロッパで、サーキットを舞うように駆け抜けた一台のマシンがありました。その名はブガッティ・タイプ35。レーシングカーとして誕生したこの車は、単なる競技用の乗り物という枠を軽々と飛び越え、今なお世界中の自動車ファンを魅了し続ける“芸術作品”でもあります。

美しく湾曲したラジエーターグリル、精巧に削り出されたアルミ製の軽合金ホイール、そしてエットーレ・ブガッティの妥協なきエンジニアリング。すべてが「速く、そして美しく」を体現するかのような存在感に満ちています。しかも見た目だけじゃありません。この小さなフランスのモンスターは、わずか数年間で1000勝以上のレース勝利を記録し、まさにモータースポーツ界の歴史を塗り替えたのです。

今回はそんなブガッティ・タイプ35の魅力を、3つの視点からひもといてみましょう。まずはその驚異の戦績、次に芸術品のようなデザインの秘密、そして最後にこの車を愛した有名人たちのエピソードをご紹介します。レースの世界に名を刻んだ伝説の名車が、いかにして文化と美意識に昇華されたのか、じっくり味わってください。

 

レース史を塗り替えた伝説のマシン:ブガッティ・タイプ35の偉業とは?

1924年、イタリアのリヨンで開催されたグランプリにて、鮮烈なデビューを果たしたブガッティ・タイプ35。このマシンは見た目の美しさだけではなく、徹底して「勝つため」に作られていました。軽量なボディ、剛性の高いシャシー、そしてスムーズに高回転まで回る直列8気筒エンジン。これらの組み合わせが生んだのは、当時のグランプリシーンを圧倒するパフォーマンスでした。

実際、タイプ35はレースの歴史において前代未聞の記録を残しています。公式・非公式合わせておよそ1,000回以上の勝利を収めたとされ、その中にはモナコ・グランプリ初代王者、タルガ・フローリオ4連覇など、名だたるタイトルがずらり。これほどまでに勝ち続けたマシンは、今もなお数えるほどしか存在しません。

この圧倒的な戦績を支えたのは、エットーレ・ブガッティの革新的な設計思想でした。たとえば、当時としては非常に珍しかった中空スポークの軽合金ホイールは、バネ下重量を大きく削減し、ハンドリング性能を飛躍的に向上させました。また、4速マニュアルのトランスミッションと高回転型エンジンとの相性も抜群で、長距離のグランプリにおいて安定したスピードを維持することができたのです。

「見た目が美しいのに、速すぎる」。そんなギャップこそが、タイプ35の最大の魅力なのかもしれません。当時のモータースポーツは、まだ荒削りで過酷な挑戦の連続でしたが、このブガッティは**「速さ」を「エレガンス」に昇華させた初めての存在**だったと言えるでしょう。

 

芸術品か、レーシングカーか?ブガッティ・タイプ35のデザイン哲学

ブガッティ・タイプ35がこれほどまでに人々を魅了し続ける理由のひとつは、単なる「レースマシン」としての枠を超えた、美術品のような造形美にあります。エットーレ・ブガッティは、自動車を機械としてだけでなく、「機能する芸術」として捉えていました。そしてその思想は、タイプ35の細部にまで息づいています。

例えば、ボンネットから流れるように繋がる湾曲したラジエーターグリルは、ただの冷却装置ではありません。見た目にも優雅でありながら、空気の流れを効率的に導く設計となっています。また、ボルトで組み立てられたセパレートタイプのホイールは、アルミニウム製の中空構造。これにより軽量化と整備性を両立し、まるでジュエリーのような存在感を放っていました。

そして何より特筆すべきは、車体全体に漂う均整のとれたプロポーションです。エットーレは工業デザインのバックグラウンドだけでなく、芸術一家に育ち、自らも彫刻や建築に関心を持っていた人物。そのため、性能と見た目の美しさを両立させることに非常にこだわっており、タイプ35はその完成形といえるモデルなのです。

それゆえ、このマシンは現代でも美術館に展示される数少ないレーシングカーのひとつとして知られています。走るために生まれたのに、見ているだけでうっとりする——タイプ35は、まさに「速さの中に芸術を見た」エットーレ・ブガッティの理想そのものなのです。

 

セレブも虜にしたモンスター:タイプ35を愛した著名人たちの物語

ブガッティ・タイプ35は、その卓越した性能と芸術的な美しさにより、1920年代のモータースポーツ界のみならず、当時の上流階級や文化人たちをも魅了しました。速く、美しく、気品をまとったこのマシンは、いわば“動くアート”。所有することは、速さを愛する者たちのステータスでもありました。

その中でも特筆すべき存在が、**チェコスロバキア出身の女性レーサー、エリシュカ・ユンコヴァ(Eliška Junková)**です。彼女は夫とともにブガッティ・タイプ35を所有し、1928年のタルガ・フローリオにおいては途中まで首位を走行。最終的に完走こそ叶わなかったものの、その果敢な走りは当時の男性中心のレース界に衝撃を与えました。ユンコヴァの存在は、「ブガッティは誰もが乗りこなせる」ことの象徴となり、多くの女性にも夢を与えたのです。

また、タイプ35はアートやファッションの世界でも話題となり、画家のパブロ・ピカソや俳優のジャン・コクトーといった文化人もその魅力に引き寄せられました。優れた機械でありながら、感性を刺激する造形。レースマシンであると同時にライフスタイルの象徴として、タイプ35は人々の心を捉えたのです。

今日、オークションでは数億円単位で取引され、博物館でも名車として展示されるタイプ35。それは単なる骨董品ではなく、速さ・美しさ・誇りを一台に凝縮した存在。そんな車が時代を超えて語り継がれるのも、まったく不思議ではありません。

 

レーシングの神話から、美の象徴へ──タイプ35が今も語り継がれる理由

ブガッティ・タイプ35は、単なるクラシックカーでも、レースに勝った名車でもありません。それは、技術と芸術、速さと優雅さ、実用性と哲学が奇跡的に融合した存在なのです。

レーシングシーンでは、前代未聞の1000勝以上という輝かしい戦績を残し、グランプリの歴史にその名を刻みました。にもかかわらず、ガレージに置かれたその姿は、まるでルーヴル美術館に展示されていてもおかしくないほどの造形美を誇っています。エットーレ・ブガッティの「機械は美しくあるべきだ」という理念が、ここまで徹底された車は他にありません。

そしてこのマシンは、サーキットを飛び出して多くの文化人やセレブリティたちを魅了し、ある者はインスピレーションを受け、ある者は自らの名を刻むべくステアリングを握りました。速さを追い求める車は多くありますが、“心まで動かす”車はほんの一握り。ブガッティ・タイプ35は、その数少ない名車のひとつです。

時代を超え、国境を越えてなお語り継がれる理由──それは、タイプ35が「単なる工業製品」ではなく、「走る芸術品」であり続けたからに他なりません。