トロリー・T4(2015年モデル)諸元データ
・販売時期:1999年~2021年
・全長×全幅×全高:4395mm × 2032mm × 1970mm
・ホイールベース:2601mm
・車両重量:2113kg
・ボディタイプ:3ドアSUV(オフローダー)
・駆動方式:4WD(パートタイム)
・エンジン型式:Ford Duratorq 3.2L 直列5気筒ターボディーゼル
・排気量:3198cc
・最高出力:200ps(147kW)/ 3000rpm
・最大トルク:47.9kgm(470Nm)/ 1750~2500rpm
・トランスミッション:6速マニュアル
・サスペンション:前:独立懸架 / 後:リジッドアクスル
・ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
・タイヤサイズ:245/70 R17
・最高速度:約180km/h(諸説あり)
・燃料タンク:72L
・燃費(ブラジル市街地モード):約9km/L
・価格:約13万レアル(当時の為替で約450万円)
・特徴:
- FRPボディ採用で軽量かつ耐久性のある構造
- 高い悪路走破性能と豊富なアフターパーツ
- ブラジル独自開発の数少ないクロカン4WD
南米の広大な大地には、日本ではなかなか見かけない「本気のクルマ」が存在します。その代表格が、ブラジル発の本格オフローダートロリー・T4。名前を聞いてピンとこない方も多いかもしれませんが、現地では「どこへでも行ける相棒」として、農村地帯やジャングル、そして都市部のアウトドア好きたちにまで深く愛されたモデルです。
そのルックスは、どこかジープを思わせる無骨なスクエアボディ。しかし、その中身はブラジルの道なき道を走り抜けるために**独自設計された“土着系クロカン”**といってもいい存在。なんといっても、ブラジルで生まれ、ブラジルで育ち、そしてブラジルの大地で評価されたという、いわば“南米育ちの武闘派”。
1999年に登場し、2021年に生産終了を迎えるまで、トロリー・T4はブラジル人の自由な冒険心とともに走り続けてきました。今回はそんなT4の魅力を、「開発ストーリー」「フォードとの関係」「文化としての人気」の3つの視点からご紹介していきます。
ブラジル生まれの本格オフローダー
トロリー・T4の誕生は1999年、ブラジルの自動車メーカー「Troller Veículos Especiais(トロリー特殊車両社)」によって世に送り出されました。名前の「Troller」は、実は「trolling(冒険的な釣り)」をヒントに名付けられたとも言われており、その時点でなんとなくアウトドアな香りがします。小さなメーカーでありながら、彼らが目指したのは、単なるレジャー用SUVではなく、ガチの悪路走破性を持ったクロスカントリー車。ブラジルの未舗装路や山岳地帯、時には川をも越えるような環境を“当たり前に”走るためのクルマとして企画されました。
初期モデルは、トヨタのバンパーツを参考にしたり、パワートレインも三菱やフォードのエンジンを借用したりと、なかなか手探り感のあるスタート。しかし、これが逆に良かった。すでに信頼性のある部品を上手に組み合わせ、そこにFRP(繊維強化プラスチック)製の頑丈なボディを載せるという発想で、「軽くて頑丈で整備しやすい」というオフローダーに最適な条件をクリアしていったのです。
特筆すべきは、T4が最初から“都会派SUV”ではなかった点です。当時のSUVブームとは一線を画し、あくまで「自然と闘える道具」として仕立てられたこのクルマは、まるでジープ・ラングラーのブラジル版と言っても過言ではない存在。実際に農村部や警察・軍用車両としても活躍し、T4は次第に“ブラジルの働くクルマ”として認知されていきます。派手さはないけれど、地に足の着いたその性能と実用性に、多くの人が惚れ込んだのでした。
フォード傘下からの急展開:買収と生産終了に至るまでの知られざるエピソード
トロリー・T4はローカルブランドとしての確固たる地位を築いた2000年代半ば、ある大きな転機を迎えます。2007年、世界的な自動車メーカーフォード・モーターがトロリー社を買収したのです。これは、当時南米市場における存在感を強めていたフォードにとって、独自の4WD技術と現地密着型のブランド力を取り込む好機でした。結果的に、T4はフォード傘下のもとで改良を加えられ、エンジンや内装の品質が一段と向上。2014年にはモデルチェンジを受け、より洗練されたデザインとともに再登場しました。
この新生T4は、フォード製の3.2Lディーゼルエンジン(レンジャーと同系)を搭載し、信頼性とパワーを両立。さらにエアバッグやABSといった安全装備も導入され、単なる“野生児”から“理知的な冒険者”へと進化を遂げます。それでも、ボディ構造やオフロード性能といった本質は頑なに維持されており、古くからのファンも納得の出来栄えでした。
しかし、そんなT4にも時代の逆風は容赦ありませんでした。2020年、フォードは南米での戦略を見直し、ついにブラジル工場の閉鎖とトロリーブランドの終了を発表。翌2021年、T4は惜しまれつつ生産を終了しました。この知らせはブラジル国内に衝撃を与え、「国産クロカンの灯が消えた」と多くのメディアが報道。SNSでは元オーナーたちが愛車への感謝を投稿し、ラストエディションを買い求める人々が列をなしたといいます。ブランドの終焉は寂しいものではありましたが、それだけ人々の心に深く根ざしていた証とも言えるでしょう。
T4の象徴は“どこへでも行ける”自由:ブラジルでの人気とオフロード文化との結びつき
T4がブラジルで愛された理由は、単に性能が良かったからだけではありません。この車は、“自由”というコンセプトそのものを体現していたのです。舗装路ばかりを走る都会のSUVとは違い、T4は文字通り**「行きたいところに行ける」**存在でした。砂漠、ジャングル、未舗装の山道、渡河ポイント…そうした過酷な環境でも頼れるパートナーとして、T4はオーナーたちのライフスタイルそのものを支えてきました。
特に注目すべきなのが、ブラジル国内でのオフロードコミュニティの存在です。T4のオーナーズクラブは全国に点在し、週末になると林道ツーリングやクロカンレースが各地で開催されていました。その中でも象徴的なのが「Rally dos Sertões(セルタンズ・ラリー)」というブラジル屈指のオフロードラリー。T4はこの過酷なラリーにも積極的に参加し、好成績を収めたことでその“走破力”が証明され、ブランドイメージがさらに高まっていきました。
また、T4はアウトドア好きや冒険家だけでなく、都市部の若者やファッション感度の高い層にも人気を博しました。その無骨でレトロ感あるデザインは、ラングラーやディフェンダーと同様にストリートにも映える存在として受け入れられ、キャンプ人気の高まりとも重なって「T4で旅に出たい」というライフスタイル志向がじわじわと広がっていったのです。そう、T4は単なる移動手段ではなく、“自由の象徴”であり、持つ人の価値観を映し出す一台だったと言えるでしょう。
トロリー・T4は、世界的に有名なジープやディフェンダーとはまた違った魅力を持つ、“ブラジルならでは”の本格クロカンSUVでした。小規模なメーカーから始まった挑戦は、やがてフォード傘下での進化を遂げ、T4は本格的な工業製品として完成度を高めつつも、その魂を失わなかった点が最大の魅力です。
道路整備が不十分な地域も多いブラジルにおいて、T4はただの道具ではなく、人々の暮らしと冒険を支える「相棒」として存在してきました。そして、走破性を競うレースやオフロードイベントを通じて、自由と挑戦の象徴として確かな地位を築いていったのです。生産終了という事実は寂しいものの、そのスピリットはいまもT4を愛する人々の手で受け継がれ続けています。
「どこにでも行ける」その力は、けっして誇張ではなく、実際に多くの人の人生を支え、そして動かしてきた。そのことこそが、T4というクルマの最大の功績なのかもしれません。ジープでも、ランクルでもない、トロリー・T4という唯一無二の存在。それは、南米という大地が生んだ、自由を愛する人々の夢を乗せた一台でした。