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スズキ・キザシ:スズキが挑んだ“高級セダン”の軌跡とは?

スズキ・キザシ 2.4L 4WD(CVT) 諸元データ

・販売時期:2009年10月~2015年12月
・全長×全幅×全高:4650mm × 1820mm × 1490mm
ホイールベース:2700mm
・車両重量:1550kg
・ボディタイプ:4ドアセダン
・駆動方式:4WD(i-AWD
・エンジン型式:J24B
・排気量:2393cc
・最高出力:188ps(138kW)/ 6500rpm
・最大トルク:23.4kgm(229Nm)/ 4000rpm
トランスミッションCVT
・サスペンション:前:マクファーソンストラット / 後:マルチリンク
・ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク
・タイヤサイズ:235/45R18
・最高速度:情報なし
・燃料タンク:63L
・燃費(JC08モード):約13.6km/L
・価格:275万6250円(4WD CVT
・特徴:
 - スズキ初のDセグメントセダン
 - AWDCVTの組み合わせで快適&安定走行
 - 海外では公用車にも採用される信頼性の高さ

 

軽自動車やコンパクトカーで圧倒的な存在感を放つスズキが、2009年に突然発表した1台のセダン。その名は**「キザシ(Kizashi)」**。車名の意味は「兆し」、つまり“未来への予感”。このネーミングセンスからしてただ事ではありません。実際、当時のスズキとしては非常に珍しい中型セダンで、しかも排気量は2.4L。サイズもボリュームもまるで“輸入車に真っ向勝負”という気概すら感じる挑戦でした。

でも、日本国内では「スズキのセダン?」と首をかしげる声も多かったのが事実。ミニバンでもなければコンパクトでもない、しかも高価格帯。ある意味で、マーケティング的には“謎”の1台だったかもしれません。

しかしながら、その背景にはしっかりとした戦略があり、クルマとしての完成度も非常に高かったのです。走りにこだわり、内外装の質感にも力を入れ、さらに北米市場での展開を意識した本気の一手。実はキザシ、海外ではパトカーや公用車にもなっていたという“意外な顔”も持っています。

今回は、そんなスズキ・キザシという異色のセダンについて、「なぜ生まれたのか」「どんな実力を持っていたのか」「海外でどんな活躍をしていたのか」を3つの視点からじっくり掘り下げていきたいと思います。

 

なぜスズキは“プレミアムセダン”を目指したのか?——キザシ誕生の背景に迫る

スズキといえば、アルトやワゴンRスイフトといった小型車で知られるブランド。そんなメーカーが、突如として“Dセグメント”という中型セダン市場に飛び込んだのは、今思えば驚きの展開でした。その背景には、世界市場における存在感を高めたいという強い意志があったのです。

当時、スズキはインドのマルチ・スズキが大成功を収め、東南アジアでも勢力を伸ばしていました。一方で、北米市場では軽自動車では勝負できない事情があり、ブランドの格を押し上げるフラッグシップモデルの必要性が高まっていたのです。そんな中で構想されたのが、「キザシ」。社内でも“高級セダン”開発は初の試みで、まさにゼロからの挑戦でした。

開発は日本だけでなく、アメリカやドイツなど各国の試験場で走り込まれ、シャシー性能やハンドリングの緻密なセッティングが行われました。エクステリアも欧州車を思わせる引き締まったラインが特徴で、どことなくアウディやサーブを彷彿とさせる雰囲気をまとっています。インテリアもまた、高品質な素材と仕立てで「スズキらしくない」と評されるほどでした。

社内ではこのプロジェクトを“チャレンジ・カー”と呼び、本気で世界のセダンと肩を並べるつもりで作られたと言われています。販売面ではやや苦戦したものの、スズキが持つ技術力と情熱を惜しみなく注ぎ込んだ、野心作であることは間違いありません。商業的な成功以上に、キザシはスズキにとってブランドの幅を広げた重要な一歩だったのです。

 

侮るなかれ、その走り——四駆&2.4Lで欧州車をも意識?キザシの実力とは

「スズキのセダン?どうせ走りはおとなしめでしょ?」と、正直なところ当時の多くの人が思っていたかもしれません。でも、その偏見はキザシにとってむしろ好都合だったかもしれません。というのも、このクルマ、実はかなり“走れる”セダンだったからです。

搭載されるエンジンは2.4リッター直列4気筒のJ24B型。スペック的には188馬力と、特別ハイパワーというわけではありませんが、注目すべきはそのバランス感。自然吸気ならではのスムーズな加速感と、厚みのある中低速トルクがあり、街乗りからワインディングまでストレスなくこなしてくれます。

さらに注目すべきは**4WDシステム「i-AWD」**の存在です。通常はFFとして走りながら、必要に応じて瞬時に後輪へも駆動力を配分する賢い仕組みで、これにより雨の日や雪道でもしっかりとした安心感が得られます。また、操舵応答性にも優れており、ハンドリングは欧州車を意識したセッティング。ドイツ・ニュルブルクリンクでの走行テストも行われたという話からも、スズキの本気度が伝わってきます。

トランスミッションCVTと6速MT(※MTは国内未導入)という組み合わせ。CVTでも加速フィールはなかなか力強く、想像以上にリニアな反応が楽しめます。そして足回りはマクファーソンストラット×マルチリンク。乗り心地はしっかり感がありつつも、荒れた路面での収まりもよく、**長距離ドライブでも疲れにくい“GT的な乗り味”**が魅力です。

つまり、カタログスペックで判断してしまうと損をするタイプのクルマ。見た目の上品さとは裏腹に、走らせるとニヤリとしてしまう。そんなギャップにこそ、キザシの真の魅力が隠されていたのかもしれません。

 

アメリカではパトカーにも!実は意外と“働き者”だったキザシ

日本では「ちょっと高いスズキのセダン」として、正直あまり注目されなかったキザシ。でも実はこのクルマ、海外では思いのほか“働き者”だったってご存じでしたか?

キザシは北米市場を主眼に開発されたモデルで、アメリカでは2010年から発売されました。当時、競合としていたのはトヨタ・カムリホンダ・アコードなどのDセグメントセダン。スズキとしては価格帯を抑えつつも、質感や走りで勝負を挑んだわけですが、ここで意外な展開が起きます。

なんとキザシは、アメリカ・ネブラスカ州などでパトカーとして採用されたのです。しかもこれ、単なるテスト導入ではなく、実際に現場で使われた本格的な警察仕様。特にAWD仕様が評価され、雪の多い地域や悪路での安定性が買われた形でした。カーチェイスではさすがにマッスルカーに敵いませんが、「日常業務で信頼できるクルマ」として好評だったそうです。

また、オーストラリアでも政府公用車や警察用としてキザシが採用された事例があります。こちらも「地味だけどしっかり走る」「メンテナンスが楽」「壊れにくい」と、質実剛健な仕事車としての信頼を勝ち取っていたのが印象的です。つまり、派手な演出こそないけれど、確かな実力が評価されていたわけですね。

国内では一部官公庁が業務用に採用していた程度で、あまり表には出ませんでしたが、海外ではこんなふうに“裏方のプロ”として働いていたキザシ。目立たなくても、必要なときに頼りになる。そんな姿勢に、スズキらしさを感じた人も多かったのではないでしょうか。

 

まとめ

スズキ・キザシは、商業的には成功とは言いがたいクルマでした。国内販売台数はごくわずかで、街中で見かけることも稀。ひとことで言えば、“影の存在”だったかもしれません。

けれど、この記事で見てきたように、キザシはスズキの挑戦と技術、そして未来への野望が凝縮された特別な1台でした。スズキがそれまで手がけてこなかったDセグメントに足を踏み入れ、世界に通用するセダンを作りたいという情熱が、デザインや走り、作り込みの一つひとつに表れていたのです。

そして忘れてはならないのが、海外での活躍。アメリカではパトカーとして、オーストラリアでは政府車両として信頼を得たキザシは、日本国内での評価とは裏腹に、実は**グローバルな“仕事人”**としてその性能を発揮していました。

“兆し”という名を持つキザシは、スズキがこれまで見せなかった姿を私たちに示してくれました。そして今振り返ると、あのキザシの挑戦があったからこそ、後のスズキの開発力やブランドイメージに新たな可能性が開かれたのではないか、と思わずにはいられません。

それは、まさに未来への兆し——
静かに、でも確かに、スズキの歴史に刻まれた名車だったのです。