ラゴンダ・ラピード(初代・1961年型)諸元データ
・販売時期:1961年~1964年
・全長×全幅×全高:4953mm × 1778mm × 1397mm
・ホイールベース:2896mm
・車両重量:1740kg
・ボディタイプ:4ドアセダン
・駆動方式:FR(後輪駆動)
・エンジン型式:アストンマーティン製直列6気筒 DOHC
・排気量:3995cc
・最高出力:236ps(174kW)/ 5500rpm
・最大トルク:38.7kgm(380Nm)/ 4500rpm
・トランスミッション:4速MT(3速ATも一部に設定)
・サスペンション:前:独立懸架 ダブルウィッシュボーン / 後:ド・ディオンアクスル
・ブレーキ:4輪ディスクブレーキ
・タイヤサイズ:6.70×15インチ(当時の表記)
・最高速度:約209km/h
・燃料タンク:約82L
・燃費(推定):約5~6km/L
・価格:当時の英国価格約5,000ポンド(現代換算でおよそ1,500万円以上)
・特徴:
- アストンマーティンDB4ベースの高級4ドアセダン
- スーパーレッジェーラ構造による軽量なボディ
- 生産台数わずか55台という超希少車
アストンマーティンと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、スポーツカーの美しいシルエットと官能的なエンジン音でしょう。ところが1960年代初頭、このイギリスの名門はちょっと意外な挑戦をしていました。それが、4ドアのラグジュアリーサルーン「ラゴンダ・ラピード」の誕生です。
ラゴンダとは、アストンマーティンが第二次大戦後に買収したもうひとつの高級車ブランド。その名を復活させるかたちで1961年に登場したラピードは、アストンマーティンDB4のシャシーをベースに、直列6気筒DOHCエンジンを搭載した贅沢なGTサルーンでした。高級車ながらもスポーティさを併せ持つという“走れるラグジュアリー”を体現していたのです。
しかしながら、このクルマはわずか55台しか生産されなかったことでも知られています。その理由は価格、時代背景、そしてブランド力の微妙なバランス。ラゴンダ・ラピードは決して売れ筋のモデルではありませんでしたが、その希少性とストーリー性によって、今なおクラシックカーファンやコレクターの間では高い評価を受けています。
今回はそんな知る人ぞ知る逸品「ラゴンダ・ラピード」の魅力を、開発背景、技術とデザイン、そして現在の評価という3つの切り口からご紹介していきます。サビついたガレージの奥で眠っていた、イギリス車史の貴重な1ページをめくってみましょう。
アストンが手がけた幻のラグジュアリーサルーン――ラゴンダ・ラピード誕生の舞台裏
1961年、アストンマーティンは意外な一手を打ちました。従来の2ドアGTカーとは一線を画す、4ドアの高級サルーン「ラゴンダ・ラピード」を発表したのです。このモデルは、単なる“変化球”ではなく、アストンマーティンの中長期的な戦略を担う存在として誕生しました。
その背景には、「ラゴンダ」というブランドの復活があります。ラゴンダは1906年創業のイギリスの老舗自動車メーカーで、戦前にはベントレーやロールス・ロイスと肩を並べる存在でした。しかし、戦後の混乱と経営難により1947年にアストンマーティンが買収。以降、長らく“休眠状態”だったこのブランドを再始動させるべく、デヴィッド・ブラウン会長(あの「DB」シリーズのDBですね)が動き出したのです。彼の構想は明快でした。アストンはスポーツカー、ラゴンダはラグジュアリー。この2ブランドを使い分けて市場を拡大するという狙いがあったのです。
ラピードに搭載されたのは、DB4と共通の直列6気筒DOHCエンジン。4ドアの実用性を備えながら、アストン譲りの走行性能を持ち合わせた“走れるサルーン”として設計されました。さらに、ラゴンダの名にふさわしい内装の豪華さも抜かりありませんでした。ウッドパネル、レザーシート、贅沢なスペース。まさに英国紳士のための“動く応接室”といった風格です。
しかし、このモデルは商業的には成功しませんでした。ラグジュアリーとスポーツという一見相反する要素を両立させることは、当時の市場には早すぎたのかもしれません。価格も非常に高額で、富裕層の間でもその魅力は限定的でした。それでもアストンマーティンは、ラゴンダ・ラピードによって新たな地平を切り拓こうとしたのです。
DB4の血統を受け継ぐサルーン――技術とデザインの融合
ラゴンダ・ラピードは、アストンマーティンの技術と美意識が惜しげもなく注ぎ込まれた「4ドアGT」と呼ぶべき存在でした。ベースとなったのは当時のアストンマーティンを代表するスポーツカー、DB4。この名車のシャシーを延長し、リアにド・ディオンアクスルを採用することで、4人が快適に過ごせる広い室内と上質な乗り心地を実現しました。
最大のポイントは、そのデザインです。ボディはイタリアの名門カロッツェリア・トゥーリングによる設計で、「スーパーレッジェーラ(超軽量)」と呼ばれる特殊な構造を採用。これは鋼管の骨格にアルミ製の外板を被せる方式で、美しくも軽やかなラインを描くことができることで知られています。4ドアながらも流れるようなサイドシルエットは、どこか2ドアGTのようなスポーティさを醸し出しており、「ドライバーズカーであるサルーン」というラピードの個性を際立たせています。
エンジンは4.0リッターの直列6気筒DOHCユニットを搭載し、最高出力236ps。数字としては現代の基準では控えめかもしれませんが、車重に対するパワーウェイトレシオは優れており、当時のサルーンとしては異例の最高速度200km/h超えをマークしました。これは高速巡航を快適にこなす「グランドツアラー」としての資質を示しており、ラグジュアリーとスポーツのバランスを高次元で実現していたことがうかがえます。
インテリアも秀逸でした。手作業で仕立てられたウッドパネルと本革シートは、英国車らしいクラフトマンシップを象徴する存在。フロントだけでなくリアシートの快適性にもこだわり、長距離ドライブでも同乗者が疲れにくいよう設計されていました。ラピードはただの“贅沢なクルマ”ではなく、走りとくつろぎの両立という難題に、英国流の答えを出した1台だったのです。
たった55台の希少性と、その後の評価
ラゴンダ・ラピードの生産台数は、わずか55台。この数字を聞くだけで、いかにこの車が特別な存在であったかがわかります。もともと超高級志向だったうえに、市場のニーズとも若干ズレていたため、大量生産されることはありませんでした。販売価格も当時のアストンマーティンDB4より高く、同じ金額でロールス・ロイスが買える時代背景もあって、顧客の間ではやや“中途半端”な印象を持たれてしまったのです。
しかし、その希少性こそが、現代においてラピードが再評価されている大きな理由のひとつです。コレクターズマーケットにおいては「DB4ベースの4ドア」「スーパーレッジェーラ構造」「当時のアストンが自ら手がけた唯一のサルーン」というユニークな立ち位置が評価され、ヴィンテージアストンの中でも異色の存在として高値で取引されています。近年では状態の良い個体が1億円近くで落札されることもあり、資産価値という点でも注目を集めています。
また、クラシックカーイベントでもラゴンダ・ラピードの姿を目にする機会はごくわずか。現存する車両の多くがプライベートコレクションに収まっているため、実車を見られた人はかなりラッキーです。ちなみに、モータージャーナリストの間では「アストン史上最も美しい4ドア」と称されることもあるとか。
そして何より面白いのは、このモデルが後年のアストンマーティン・ラピード(2009年~)に名前と精神を引き継いだという点です。約半世紀の時を経て“ラピード”が復活した背景には、この初代モデルが築いた伝説の影響が確かに存在していたのです。数は少ないが、物語は深い。それがラゴンダ・ラピードというクルマの真骨頂かもしれません。