ワールド・カー・ジャーニー

世界中のクルマに出会える旅へ

スマート・フォーツー(初代):小さなボディに、大きな思想を詰め込んで

スマート・フォーツー(初代 W450)諸元データ

・販売時期:1998年〜2007年
・全長×全幅×全高:2500mm × 1515mm × 1530mm
ホイールベース:1810mm
・車両重量:約730kg
・ボディタイプ:2ドアハッチバック(2人乗り)
・駆動方式:RR(後輪駆動)
・エンジン型式:M160型(ターボチャージャー付3気筒)
・排気量:599cc(後期型は698cc)
・最高出力:45ps(33kW)/5250rpm(標準グレード)
・最大トルク:7.3kgm(71.5Nm)/3000rpm
トランスミッション:6速セミAT(ソフタッチ)
・サスペンション:前:ストラット / 後:ド・ディオンアクスル
・ブレーキ:前:ディスク / 後:ドラム
・タイヤサイズ:前:145/65R15 後:175/55R15
・最高速度:135km/h(グレードにより異なる)
・燃料タンク:22L
・燃費(欧州複合モード):約22〜25km/L
・価格:欧州では約8,000ユーロ〜
・特徴:
 - 全長2.5mの超コンパクトボディ
 - トリディオン・セーフティセルによる高い安全性
 - RRレイアウト+ターボエンジンによる軽快な走り

 

「都市のスキマに、未来が走る」──それがスマートの答えだった

1998年、世界の自動車業界に小さな衝撃が走りました。
それは「全長2.5m、2人乗り、RR駆動の新感覚マイクロカー」、スマート・フォーツーの登場です。ベンツのエンブレムを掲げながら、これまでのメルセデスらしさとはまるで異なるフォルム、サイズ、発想。しかもその背後には、なんとあのスイスのカラフルな腕時計でおなじみ「スウォッチ」が関わっていたというのだから、驚きです。

「都市にぴったりのクルマを作る」——そんな夢から始まったこのプロジェクトは、狭いヨーロッパの街中をすいすいと駆け抜けられるサイズ感と、乗員の安全を徹底的に考え抜いた構造で、まさに“ミニマルの極み”ともいえるコンセプトカーを現実のものにしてしまいました。

でも、なぜスウォッチが? ベンツとどう組んだの?
そしてこの“ちっちゃな未来”はなぜヨーロッパで成功し、日本では今ひとつだったのか?

今回は、そんなスマートのはじまりに迫ります。機能、思想、評価——見た目以上に奥深い、この小さなクルマの物語をぜひお楽しみください。

スウォッチメルセデス、異色タッグの舞台裏

「カラフルで、ポップで、楽しくて、しかも地球にやさしいクルマを作りたい」──そんな夢のような発想を最初に語ったのは、なんとスイスの腕時計ブランド「スウォッチ」の創業者、ニコラス・G・ハイエックでした。時計業界の常識を変えた彼は、次に“クルマの常識”にもメスを入れようとしたのです。

1990年代初頭、ハイエックは「都市生活者向けの2人乗り超小型EV」を構想していました。ちょうどその頃、欧州では都市部の交通渋滞や排ガス問題が深刻になっており、クリーンで小回りの利くモビリティが求められていたのです。彼のアイデアは、大手メーカーにもアプローチされましたが、多くは「そんな小さな車は売れない」と一蹴されてしまいます。

そんな中で手を差し伸べたのが、ドイツの自動車巨人、メルセデス・ベンツ(当時のダイムラー・ベンツ)でした。伝統と格式のブランドが、まったく新しい発想に興味を示したのです。1994年には合弁会社「マイクロ・コンパクト・カーAG(MCC)」が設立され、本格的に開発がスタートしました。

とはいえ、理念の違いで衝突も少なくありませんでした。安全性にこだわるメルセデスと、革新性を追求するスウォッチ。開発は二転三転し、結局スウォッチは途中でプロジェクトから手を引くことになります。しかしその理念──都市で使いやすく、環境にやさしく、人々のライフスタイルに寄り添うクルマづくりという種は、しっかりとMCCに引き継がれていったのです。

都市型革命児:スマート・フォーツーのデザインと安全性能

初代スマート・フォーツーの見た目を初めて見たとき、多くの人が「えっ、これって本当に車?」と驚いたはずです。全長たったの2.5メートル。駐車スペースがない街中でもスルッと滑り込めるコンパクトさは、まさに都市生活者のために生まれたモビリティでした。そのデザインは、ただ小さいだけではなく、未来的でちょっとキュートな存在感。ヨーロッパの石畳の街にも、東京のコンクリートジャングルにも自然と溶け込む独特のスタイルを持っていました。

でも小さいクルマって、「安全性、大丈夫?」って心配になりますよね。そこをガッチリ解決したのが、スマート独自の「トリディオン・セーフティセル」という構造です。これ、わかりやすく言えば“鉄のカゴ”に乗っているようなもの。車体のフレームを硬くて頑丈なスチールで囲むことで、万が一の衝突でも乗員をしっかり守れる設計になっているんです。実際にクラッシュテストでも評価は高く、小さい=危ないというイメージを大きく覆しました。

また、エンジンは後ろに積むRR(リアエンジン・リアドライブ)方式で、軽いボディと相まってキビキビした走りも魅力でした。搭載されていたのは、599ccの直列3気筒ターボエンジンで、最高出力は45馬力。数字だけ見ると「非力そう…?」と思われるかもしれませんが、車両重量が約730kgととても軽いため、街乗りには十分な加速感があります。しかもこの構造、前後のタイヤサイズを変えることで、コンパクトながらもしっかりとした安定性を確保していたんです。街中ではクイッと曲がり、狭い道もへっちゃら。毎日の生活がちょっと楽しくなる、そんな工夫がぎっしり詰まったクルマだったんですね。

ヨーロッパでは大成功、そのほかの地域では…?

スマート・フォーツーが最も成功を収めたのは、やはりその生まれ故郷であるヨーロッパでした。狭い路地が多い旧市街や、限られた駐車スペースが当たり前の都市環境において、全長2.5メートルのボディは圧倒的な強み。しかも、エコ意識の高いヨーロッパの人々には、コンパクトで環境に優しいこのクルマの価値がすぐに伝わったのです。結果として、スマートはセカンドカーやシティユースとしてのニーズをガッチリ掴み、街中のスタイリッシュな足として定着しました。

一方で、日本ではやや苦戦を強いられました。というのも、日本には“軽自動車”という独自のカテゴリーがすでに存在していて、スマートと似たような立ち位置の車が多数あったからです。しかも軽自動車は4人乗れて、維持費も安い。スマートのような2人乗りで割高な輸入車は、日常使いには選ばれにくく、どうしても“マニアックな選択肢”になってしまいました。

アメリカでも、販売当初は話題になったものの長続きはしませんでした。広い道路、長距離移動が前提の交通文化、そして「小さいクルマ=不安」という意識が根強く残っていたのです。初年度こそ売れたものの、徐々に販売台数は減少。2019年には販売終了となりました。

さらに中国でもEVモデルを中心に一部販売はされましたが、成功には至らず。高価格帯かつ2人乗りという制約がネックとなり、実用車としてではなく“おしゃれなアイテム”としてごく一部の層にしか受け入れられませんでした。

このように、スマート・フォーツーは“ヨーロッパでの都市型モビリティ”という特化型の価値が強かった分、他地域ではその価値がうまく伝わらず、マーケットへの適応に苦しんだのです。グローバル展開の難しさと、地域ごとのニーズの違いが浮き彫りとなった好例といえるでしょう。