ワールド・カー・ジャーニー

世界中のクルマに出会える旅へ

ハマー・H1:シュワルツェネッガーが惚れた“街を走る戦車”


ハマー・H1(1992年モデル / AM General製)諸元データ

・販売時期:1992年〜2006年
・全長×全幅×全高:4686mm × 2197mm × 1905mm
ホイールベース:3302mm
・車両重量:約3538kg
・ボディタイプ:SUV(4ドアワゴン/オープントップなど)
・駆動方式:4WD(フルタイム4WD)
・エンジン型式:GM製6.2L V8ディーゼル(初期型)
・排気量:6.2L
・最高出力:150ps(110kW)/3600rpm
・最大トルク:34.5kgm(338Nm)/2000rpm
トランスミッション:3速AT(後に4速ATへ変更)
・サスペンション:前:ダブルウィッシュボーン / 後:ダブルウィッシュボーン
・ブレーキ:4輪ディスク(油圧式ブースター)
・タイヤサイズ:37インチ相当(軍用タイヤ)
・最高速度:約135km/h
・燃料タンク:95L
・燃費(推定):約5〜6km/L
・価格:約8万ドル(当時)
・特徴:
 - 軍用車ハンヴィー」ベース
 - CTIS(タイヤ空気圧調整機構)搭載
 - 圧倒的な最低地上高とアプローチアングル

 

街なかを走る車の中に、ひときわ異様な存在感を放つ一台があります。幅2メートル超の巨体に、ゴツゴツした軍用タイヤ。そしてどんな悪路も物ともしない車高の高さ――それがハマー・H1です。
この車、実はアメリカ軍の軍用車ハンヴィー」をベースに作られていて、市販車とは思えないほどの本格的なオフロード性能を備えています。

なぜ軍用車が市販化されたのか?その裏には、あのアーノルド・シュワルツェネッガーの「これに乗りたい!」というひと言があったという、なんともアメリカらしいエピソードがあります。1992年、ついに“民間仕様ハンヴィー”ことハマー・H1が誕生し、街を走る姿は多くの人々の注目を集めました。

その後は強烈な個性と圧倒的な存在感で、多くのセレブや映画の中でも愛用され、単なる車を超えたカルチャーアイコンとしての地位を確立していきます。
今回はこのハマー・H1について、「誕生の背景」「圧巻の性能」「カルチャーとの関わり」という3つの視点から、その魅力をじっくりと掘り下げてみましょう。

軍用車の血統を引き継いだ市販モデル誕生の衝撃

ハマー・H1の誕生には、少し意外なきっかけと、熱い情熱がありました。もともとそのルーツとなったのは、アメリカ軍が開発した高機動多用途装輪車両――High Mobility Multipurpose Wheeled Vehicle、通称**ハンヴィー(Humvee)です。正式にはHMMWV(エイチエムエムダブリューブイ)**と呼ばれ、AMゼネラル社が1980年代に製造を開始。戦地での過酷な任務に対応できるよう、走破性と耐久性を極限まで高めた本格的な軍用車両として活躍しました。

その無骨なスタイルと戦車並みの迫力は、湾岸戦争の映像などを通じて市民にも知られるようになり、多くの人が「この車、何者?」と興味を持つ存在になります。そしてその中のひとりが、俳優アーノルド・シュワルツェネッガーでした。映画『プレデター』の撮影現場でハンヴィーを見た彼は、その迫力と走行性能に一目惚れ。映画の中では銃を構えながら森を駆け回る筋肉男、そのままのイメージで「これ、俺の普段使いに欲しい!」と熱望したそうです。

後日、彼はなんとAMゼネラル社の本社に直接出向き、「この車を一般に販売してほしい」と真顔で頼み込みます。当初は冗談だと受け取られていたものの、彼の本気度とカリスマ性、そしてメディアでの影響力を受け、同社は市販化を決断。こうして1992年、「ハマー・H1」が誕生するのです。

とはいえ、H1は“民間仕様”というには異例の存在でした。全幅2メートル超の巨大ボディに、軍用そのままの足回り、最低限の内装。日常使いにはまったく向かない“オーバースペック”な車でしたが、それこそが魅力。ハマー・H1は「強さの象徴」「自由の表現」として、多くの人々に支持され、強烈な個性を放つアイコンとなっていきます。

道なき道を制覇するスペックの秘密

ハマー・H1の最大の魅力といえば、その外見のインパクトを裏切らない、本格的すぎるオフロード性能にあります。見た目がゴツいだけでなく、中身まで“本物”。この車が走れる場所に、普通の車はまず入っていけません。

まず驚かされるのが、そのサイズ感。全幅は約2.2メートルと、日本の道路事情を完全に無視したような横幅で、普通の立体駐車場にはまず入りません。しかしこのサイズは、単なる迫力のためではなく、戦場を走破するために必要な“設計上の理由”があるのです。広いスタンスにより安定性が高まり、急斜面や斜めの岩場でも転倒しにくい構造になっています。

加えて、最低地上高は約40センチ。これも市販車としては異常とも言える高さで、大きな岩や倒木、深い轍も物ともしません。さらに装備されている「CTIS(センタータイヤインフレーションシステム)」は、運転席からタイヤの空気圧を調整できるという優れモノ。砂地やぬかるみでは空気を抜いて接地面を広く、舗装路では空気を張って燃費や走行性能を改善するなど、地形に応じてタイヤを“チューニング”できるのです。

搭載されるエンジンもパワフルそのもの。初期型では6.2LのV8ディーゼルが採用され、のちにはターボディーゼルや、最終モデル「H1 Alpha」ではGM製6.6L Duramax V8ターボディーゼルが搭載されるなど、まさにトラック用のエンジンがそのまま搭載されたような構成です。これに加えて、トランスミッションやサスペンションも軍用をベースにしたタフな造りとなっており、「オフロード走破性能ではH1の右に出る車はない」とまで言われました。

しかしそれと引き換えに、日常使いにはまったく向かない点も多数。燃費はわずか5〜6km/L前後、取り回しは大型バス並み、そしてなにより車両重量は3トン超。ここまでくると、もはや“車”というより“移動する兵器”と呼びたくなるような存在です。

それでもハマー・H1が長年愛され続けたのは、他のどんな車とも違う、唯一無二の「走破力」と「存在感」を持っていたからにほかなりません。

ハリウッドとH1:セレブに愛された理由

ハマー・H1はその性能やサイズだけでなく、“文化的な存在感”でも際立ったクルマでした。中でも印象的なのが、ハリウッドを中心としたセレブたちの間で一種のステータスシンボルとして扱われたことです。映画やミュージックビデオ、雑誌のスナップなどで、H1と並んで写る有名人の姿は数え切れません。

きっかけはやはりアーノルド・シュワルツェネッガー。市販化を後押しした張本人でもある彼は、自ら複数台のH1を所有し、公道を走るたびに注目の的となりました。その姿がメディアで取り上げられることで、「ハマー=男らしさの象徴」「成功者の証」というイメージが広がっていきます。

その後、シュワルツェネッガーに続く形で、シルヴェスター・スタローンマイク・タイソンパリス・ヒルトン、キム・カーダシアン、そしてラッパーのスヌープ・ドッグなど、ジャンルを超えたセレブたちがこぞってH1を所有するようになります。特にアメリカ西海岸では、H1でビバリーヒルズを走ることが“ラグジュアリー”の新しい表現として受け止められていた時期もありました。

また映画やドラマの中でもH1は多く登場します。災害や戦争、ポストアポカリプス系の作品では“タフで頼れる乗り物”としての演出にぴったりで、例えば映画『ザ・ロック』や『インデペンデンス・デイ』などでは、H1が印象的に使われています。その無骨な見た目と圧倒的な存在感は、まるで映画のキャラクターの一人のような扱いでした。

こうした“見せる車”としての側面は、H1のもう一つの魅力でした。ただの移動手段ではなく、自分を表現する道具として、セレブたちはH1を選んでいたのです。

まとめ

ハマー・H1という車は、単なる“道具”としてのクルマではなく、その存在自体がメッセージであり、スタイルそのものでした。軍用車ハンヴィーをベースにしたその成り立ちには、アメリカの“自由”や“強さ”を体現する精神が宿り、誕生にはアーノルド・シュワルツェネッガーのような影響力のある人物の情熱が大きく関わっています。

圧倒的な走破性能、妥協を許さないスペック、そして都市部でも視線を独占する存在感。どれを取っても、他のどのSUVとも一線を画す特別な一台。にもかかわらず、燃費の悪さや取り回しの悪さという“日常には不向き”な点までもが、逆にファンの心をつかむ理由になっていました。

セレブや映画、そしてポップカルチャーの中で愛され続けたハマー・H1は、まさに“常識の外”にあるクルマ。誰にでも扱える車ではないからこそ、強烈な個性を求める人々の手に渡り、伝説となっていったのです。