ロールス・ロイス 10hp 諸元データ
・販売時期:1904年~1906年
・全長×全幅×全高:約3,150mm × 1,400mm × 1,800mm(車体によって異なる)
・ホイールベース:約1,900mm
・車両重量:約800kg(車体構成により異なる)
・ボディタイプ:オープン・ツアラー
・駆動方式:FR(後輪駆動)
・エンジン型式:2気筒エンジン(ロイス自社設計)
・排気量:1,808cc
・最高出力:10hp(約7.4kW)/ 1,000rpm前後
・最大トルク:未公表(当時のデータは存在しない可能性あり)
・トランスミッション:3速MT
・サスペンション:前:リーフスプリング / 後:リーフスプリング
・ブレーキ:機械式ドラム(後輪のみ)
・タイヤサイズ:木製スポークホイール+ソリッドタイヤ
・最高速度:約63km/h
・燃料タンク:約45L
・燃費:約5~8km/L(推定)
・価格:約395ポンド(当時)
・特徴:
- 優れた静粛性と振動の少ないエンジン設計
- 当時としては異例の高信頼性
- 職人による手仕上げによる高品質な造り
「世界最高の車」という称号は、一朝一夕で手に入るものではありません。ましてや、自動車という存在自体がまだ“未来の乗り物”と見られていた20世紀初頭のイギリスで、その頂を目指すことなど、まるで夢物語のように思えたでしょう。しかし、その夢を本気で追いかけ、そして現実のものにした男たちがいました。それが、チャールズ・ロールスとヘンリー・ロイスです。
いまやラグジュアリーの代名詞とも言えるロールス・ロイス。その原点は、驚くほど控えめな10馬力の小さな車「ロールス・ロイス 10hp」でした。性能も出力も、数値だけを見れば決して派手なものではありません。それでもこの車は、信じられないほど高い完成度と信頼性を持ち、のちのロールス・ロイスのDNAを見事に体現していたのです。
今回は、その「伝説のはじまり」ともいえるロールス・ロイス10hpにフォーカスし、ふたりの創業者の出会いからブランド誕生までのストーリーをたどってみたいと思います。数ある自動車の歴史の中でも、これほど「美しく、静かで、誠実」なスタートを切ったブランドは他にないかもしれません。
運命の出会いが生んだ名車:ロールスとロイスの邂逅
ロールス・ロイスの始まりは、まるで物語のような出会いから始まりました。1904年、イギリス。マンチェスターで精密機器や電気製品を手がけていた技術者ヘンリー・ロイスは、「静かで振動の少ない、信頼できるクルマ」を自分で作ることを決意します。というのも、当時彼が購入したフランス製の車は、騒がしくて壊れやすい、まさに“走るストレス”そのものだったのです。
ロイスは決してエンジン設計のプロではありませんでした。しかし、機械に対する探究心と職人魂は人一倍強く、なんと独自に2気筒エンジンを設計し、小型車「ロイス10hp」の試作車を完成させてしまいます。その走りは当時の常識を覆すほどスムーズで、特に静粛性と信頼性の高さには目を見張るものがありました。
この試作車の存在を聞きつけたのが、ロンドンの自動車ディーラーであり社交界の花形だったチャールズ・ロールスです。彼は早くから自動車の将来性に魅せられ、自らレースにも出場するほどの情熱家でした。1904年5月4日、ふたりはロンドンのミッドランド・ホテルで初めて顔を合わせることになります。この歴史的な会談にて、ロイスは自らのクルマを披露し、ロールスはその静かで滑らかな走行性能に一発で惚れ込みました。
この出会いこそが、ロールス・ロイスのはじまり。ふたりは手を組み、ロイスが設計・製造を、ロールスが販売と広報を担当するという、まさに理想的なパートナーシップを築くことになります。そして誕生したのが、「ロールス・ロイス10hp」。この名車こそ、世界を変えるブランドの第一歩だったのです。
10馬力が魅せた「最高の車」
今でこそロールス・ロイスと聞けば、巨大な12気筒エンジンや贅を尽くした内装を思い浮かべるかもしれませんが、その始まりはたった10馬力の小さなクルマでした。1904年に誕生した「ロールス・ロイス10hp」は、2気筒1.8リッターエンジンを搭載したごくシンプルな車でしたが、その静粛性と信頼性は、当時としては飛び抜けたものでした。
最大の魅力は、何といっても“とにかく壊れない”こと。当時の自動車は、エンストや故障がつきものでしたが、ロイスが設計したエンジンは正確無比に動き、極めてスムーズ。加えて、振動や騒音を極限まで抑える設計がなされており、乗る人すべてが「これはただの移動手段ではない」と感じるほどだったと言われています。
「最良のものを、徹底して完璧に仕上げる」。この精神は、まさに10hpの隅々にまで行き渡っていました。ベルト駆動が主流だった時代にチェーンドライブを採用し、3速マニュアルによる滑らかな加速、さらに細部まで職人の手で丁寧に組み上げられたボディ。この一台には、後のロールス・ロイスが築く哲学のすべてが詰まっていたのです。
特筆すべきは、「スペックの数値では語れない品質の高さ」。10馬力しかないこのクルマが、パリ・モーターショーで大きな話題となったのは、ただのラグジュアリーではなく、「技術への敬意」と「真の信頼性」があったからこそでした。それは、今日のロールス・ロイスにも脈々と受け継がれています。
まとめ
ロールス・ロイス10hpは、わずか6台しか生産されていない、まさに“幻”のような存在です。そのうち現存が確認されているのはほんの数台で、1台は現在もロールス・ロイス博物館に大切に保管されています。量産もされず、目立つスペックもなかったこの車が、どうしてこれほど語り継がれているのか――その理由はやはり、技術、哲学、信念がすべて詰まっていたからに他なりません。
ロールス・ロイスというブランドは、ただの“高級車”ではありません。「妥協しない精神」「職人の誇り」「未来を見据える視野」——そういった目に見えない価値を、あの10hpはすでに体現していたのです。今日のファントムやゴーストに通じる滑らかな走りも、比類なき品質も、その源流をたどればこの一台に行きつくのです。
そして何よりも、この物語のはじまりには、異なる分野で活躍していたふたりの男の“運命の出会い”がありました。機械の天才ロイスと、理想に燃えるロールス。もし彼らが出会っていなければ、世界最高と称される車は生まれていなかったかもしれません。たった10馬力の一台から、百年以上にわたる伝説が始まった——それが、ロールス・ロイスの真の魅力なのです。