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ジャガー・XJS:美しき不遇車が愛されるグランドツアラーになるまで

ジャガー・XJS V12(シリーズIII中期モデル) 諸元データ

・販売時期:1975年〜1996年(シリーズIIIは1991年頃〜1996年)
・全長×全幅×全高:4760mm × 1790mm × 1240mm
ホイールベース:2590mm
・車両重量:1815kg
・駆動方式:FR(後輪駆動)
・エンジン型式:5.3L V型12気筒 SOHC
・排気量:5343cc
・最高出力:285ps(210kW)/5500rpm
・最大トルク:44.0kgm(431Nm)/3000rpm
トランスミッション:3速AT(ZF製など)
・サスペンション:前:ダブルウィッシュボーン / 後:インボードディスク付き独立懸架
・ブレーキ:前後ディスクブレーキ(リアはインボード式)
・タイヤサイズ:215/70 R15
・最高速度:約230km/h
・燃料タンク:82L
・燃費(実測値参考):約4〜6km/L
・価格(当時):約1,000万円(日本円換算)
・特徴:

  • ジャガー最後のV12エンジン搭載モデルのひとつ

  • シリーズごとの改良により完成度を高めたグランドツアラー

  • エアロダイナミクスを意識したボディ設計

 

1975年にデビューしたジャガー・XJSは、イギリスが誇る名車「Eタイプ」の後継という重すぎるバトンを渡された存在です。ジャガー=流麗なスポーツカー、というイメージが世界に浸透していた中、突如として登場したXJSのボディは流麗というよりも、どこか機能的で理知的。しかも、当時としては極めて珍しいV12エンジンを積んでいたのですから、話題には事欠きませんでした。

けれどその評価は、決してバラ色ではありませんでした。むしろXJSは、ジャガーの中でも「誤解されがちな名車」として数十年にわたり再評価を繰り返してきたモデルと言えるでしょう。そしてその間に、幾度となく細やかな改良やマイナーチェンジが重ねられ、最終的には極めて完成度の高いグランドツアラーへと進化を遂げていきます。

今回はそんなXJSの魅力を、登場当初の評価、空力にこだわったボディデザイン、そしてスポーツカーではなくラグジュアリーGTとしての快適性という視点でじっくり掘り下げていきます。目立たずとも確かな存在感を放ち続けた“もう一人の英国紳士”、その物語をどうぞご覧ください。

「Eタイプの後継者」なのに賛否両論?登場時のXJSが受けた評価とその理由

ジャガー・XJSが誕生したのは1975年。伝説的なスポーツカー「Eタイプ」の後継として登場し、世界中の期待を一身に集めました。しかしその実態は、前作とはかなり異なる方向性を持った車。曲線美と躍動感で魅せたEタイプに対し、XJSはどこか機能的で抑制の効いたデザイン。しかもV12エンジンを積んだ“ラグジュアリーGT”という立ち位置は、「ピュアスポーツ」を求めていたファンにとって意外だったのです。

この“方向性の違い”は、当時のファンにとって戸惑いの材料となりました。特に北米市場では、オイルショックによる燃費志向の高まりと、厳しい排ガス規制の狭間で、5.3LのV12エンジンは歓迎されなかったという背景もあります。さらには、初期モデルでは信頼性の面でいくつかのトラブルも報告され、「本当にEタイプの正当な後継なのか?」と疑問視されることもしばしばありました。

しかしXJSは、そうした逆風に屈せず改良を続けていきます。1981年にはエンジン制御の電子化やインジェクションの改良によって燃費が改善され、信頼性も向上。1983年にはより扱いやすい直列6気筒モデル(XJ-S 3.6)を追加し、選択肢の幅を広げます。1988年には本格的なフルオープンの「コンバーチブル」モデルも登場し、人気に火がつきました。そして最終期の1991年以降のモデルでは、外装・内装ともに大幅に洗練され、まさに“完成形”と呼べるグランドツアラーへと進化。名前も「XJ-S」から「XJS」へと表記が変わり、フェイスリフトや足回りの改良も施されています。

このように、XJSは“生まれながらの完成形”ではありませんでした。しかしだからこそ、その20年という長い生産期間の中で、時代の要請に応えながら自らをアップデートし続け、最後には高い完成度と独自のスタイルを確立したのです。Eタイプの影を乗り越え、自分だけの輝きを放つまでに成長したXJS――そのストーリーは、実はとてもジャガーらしいものかもしれません。

美しき不遇車?デザインと空力を両立したボディの秘密

ジャガー・XJSのデザインを語るうえで外せないのが、リアウィンドウを囲むように伸びる「フライングバットレス」と呼ばれる独特のCピラー構造です。初見では「ん?これって空力的に大丈夫?」と思う方もいるかもしれません。しかし実はこれ、XJSの開発陣が空力性能をとことん追求した結果、生まれたフォルムなのです。

1970年代当時、オイルショックを経て燃費性能の重要性が急速に高まり、自動車メーカー各社が空気抵抗の削減に本腰を入れ始めていました。そんな中、XJSのデザインを担当したマルコム・セイヤー(Eタイプも手がけたエアロダイナミクスの鬼才)は、ただ美しいだけではなく、空力的にも優れたフォルムを追求します。その結果、フロントからなだらかに落ちるボンネットラインと、リアのバットレス構造が組み合わされ、Cd値(空気抵抗係数)は当時としてはかなり優秀な0.39を記録しました。

ただ、この構造が見た目のクセを強めてしまったのも事実。「クラシックでシンプルな美しさ」を求めるファンにとって、XJSの複雑なリアスタイルは好みが分かれるところでした。実際、当初の販売は伸び悩み、「Eタイプの美しさを継承できていない」との声もちらほら…。でも、よく見るとこのリアピラーが光と影を織りなして、実はかなり繊細な陰影を生んでいるんですよね。まさに“見る人によって印象が変わる”アート作品のような車です。

そして年月が経つにつれて、XJSのこの特徴的なデザインはむしろ「個性」として再評価されるようになっていきました。90年代後半にはそのスタイルに魅せられたコレクターたちが注目し始め、今ではXJSを“美しき不遇車”と呼ぶ声すらあります。時代が早すぎた名作、なんて言い方もできるかもしれませんね。

スポーツカーじゃないの?意外と快適なラグジュアリーGTとしての真価

「XJSはスポーツカーではない」と聞くと、ちょっとがっかりされるかもしれません。でもそれ、逆に言えば“快適な大人のGTカー”としてはめちゃくちゃ優秀だったってことなんです。実際にXJSを走らせてみるとわかるのが、その静粛性と上質な乗り心地。ラグジュアリーの名を冠するにふさわしい仕立ての良さが、ドライブを格上の体験へと変えてくれるのです。

まず注目したいのはエンジン。ジャガー伝統のV12ユニットは、大排気量ならではのトルク感と滑らかさが特徴で、高速道路をクルージングしているときの静かさと余裕は圧巻。3000回転も回さずしてスルスルと速度が伸びていく感覚は、まさに“ジェントルマンのためのエンジン”と言っても過言ではありません。また、後期型では信頼性も大きく改善され、日常使いも視野に入れられるようになりました。

そして室内空間も、まさに英国らしいクラフトマンシップの塊。本革シートにウッドパネル、重厚なステアリング…。どこを見ても「贅沢」以外の言葉が浮かびません。しかもシートの座り心地が最高にふかふかで、長距離ドライブしてもまったく疲れない。スポーツカーで背筋ピンとさせて走るのも楽しいけど、XJSみたいに「肩の力を抜いて優雅に走る」体験はなかなか味わえないですよ。

このように、XJSはスポーツカーとしては“控えめ”かもしれませんが、それを補って余りあるラグジュアリーGTとしての魅力を持っています。そしてこの方向性がハマったからこそ、改良を重ねながら20年以上にわたってラインナップされ続けたのでしょう。とくにシリーズIII以降のモデルではサスペンションやインテリアの洗練も進み、「最終的にXJSは“グランドツーリングの理想形”になった」と語るオーナーもいるほどです。

今あらためてXJSを見直してみると、その魅力は派手な走りよりも、日常の中でちょっとした非日常を感じさせてくれる「静かな贅沢」にあるのかもしれませんね。

まとめ

ジャガー・XJSは、Eタイプという伝説の影に隠れながらも、自らの道を着実に切り拓いたクルマでした。登場当初は「期待外れ」「スポーツカーじゃない」と揶揄されることもありましたが、時間が経つにつれて、その魅力がじわじわと浸透。空力と美しさを両立したユニークなデザイン、贅沢な内装、そして快適なドライブフィール。どれをとっても、“ただの後継車”には収まりきらない個性が光ります。

その成長の裏には、改良に次ぐ改良を重ねてきた長い歴史があります。初期モデルでは見られた信頼性の問題や時代に合わない燃費性能も、徐々にアップデートされ、最終的には完成度の高いシリーズIIIへと進化。こうした過程を経たことで、XJSはただのラグジュアリーGTにとどまらず、“熟成された英国の芸術品”としての地位を獲得しました。

クラシックカー市場でも、XJSの人気はじわじわと上昇中。特に後期型のクーペやコンバーチブルは「隠れた名車」としてコレクターからの評価も高く、今後の価値上昇も期待されています。もしあなたが“派手じゃないけど味のあるクルマ”に惹かれるなら、XJSは間違いなく心をくすぐる一台になるでしょう。