AMC・グレムリン(1970 Gremlin X 304 V8) 諸元データ
・販売時期:1970年~1978年
・全長×全幅×全高:4320mm × 1780mm × 1320mm
・ホイールベース:2440mm
・車両重量:1225kg
・ボディタイプ:3ドアハッチバック
・駆動方式:FR(後輪駆動)
・エンジン型式:AMC 304 V8
・排気量:4982cc
・最高出力:150ps(112kW)/4400rpm
・最大トルク:36.5kgm(358Nm)/2500rpm
・トランスミッション:3速AT / 3速MT / 4速MT
・サスペンション:前:独立トーションバー / 後:リーフスプリング
・ブレーキ:前後ドラム(後に一部前ディスク化)
・タイヤサイズ:F70-14(標準)
・最高速度:約160km/h(V8モデル参考値)
・燃料タンク:57L
・燃費(EPA推定):約7〜10km/L
・価格:$1,879(1970年当時、直4モデル)〜約$3,200(高性能V8モデル)
・特徴:
- 世界初の量産「サブコンパクト」アメリカ車
- “切っただけ”の異形リアデザイン
- 一部にV8エンジン搭載でマッスルカー要素も
1970年代、アメリカの自動車業界は大きな転換点を迎えていました。ビッグスリー(GM・フォード・クライスラー)の牙城に挑むAMC(アメリカン・モーターズ)が送り込んだのが、ひときわ異彩を放つコンパクトカー「グレムリン」でした。名前からしてインパクト大ですが、その見た目はもっと衝撃的。まるで「リアを切り落としただけ」とも言われる大胆なデザインは、当時のアメリカ車の常識を大きく覆しました。
グレムリンは単なる“変なクルマ”ではありません。日本車の台頭やオイルショックなどに直面する中で、AMCが生き残りをかけて編み出した答えのひとつ。低価格で、個性的で、しかもすぐに市場投入できる…そんな無理難題を解決すべく生まれたのが、この小さくて不思議なクルマだったのです。
さらに、グレムリンはそのルックスとキャラクターで、映画やTVなどのポップカルチャーにもたびたび登場。ユニークな存在感が人々の記憶に残り続けています。そして実は、「ちょっと速い」グレムリンも存在したって、ご存知でしたか? 今回は、この小さな異端児・AMCグレムリンの魅力を3つの側面からご紹介していきます。クスッと笑えて、でもちょっと感心しちゃう、そんなグレムリンの世界へご案内します!
“切りっぱなしの革命”──グレムリンの奇妙で合理的な誕生劇
アメリカン・モーターズ・コーポレーション(AMC)が1970年に送り出した「グレムリン」は、ひと目見ただけで忘れられないインパクトを放つクルマです。特徴的なのはそのリアスタイル。フロントはごく普通の2ドアクーペ然としているのに、後ろ半分がまるで途中で“ぶった切られた”かのようなスクエアなテール。なんとも不思議なこの見た目は、見方によってはポップでキュート、あるいは不格好。でもそれが、まさにAMCの狙いだったのです。
グレムリンは、当時としては珍しい「サブコンパクトカー」。つまり、アメリカ車としてはかなり小さめの部類に入ります。その理由は、1970年代初頭のアメリカ社会における燃費志向の高まりと、日本車やフォルクスワーゲン・ビートルの攻勢。AMCは「とにかく急いで小さなクルマを作らねば!」と焦っていたのです。そこで生まれたのが、既存のAMCホーンテット(Hornet)のボディを途中でカットして短く仕立て直す、という荒業。まさに“設計よりスピード重視”の産物だったのです。
このクルマの見た目は社内でも意見が割れましたが、AMCはむしろこの奇抜さを武器にしようと考えました。「他と違うこと」が価値になる時代に突入しつつあった70年代、グレムリンはカラフルなボディと、広告でもあえて自虐的なユーモアを使うなど、とことん“個性派”を演出していきます。例えば「あなたが見るグレムリン、それは夢?それとも悪夢?」なんていうコピーが堂々と広告に載せられていたのですから、もはや開き直りのプロ。
結果として、グレムリンは「変だけど面白い」「クセになるスタイル」として、ある種のカルト的な人気を博しました。ライバルたちがデザインを洗練させていく中で、グレムリンは“変であること”を徹底的に突き詰めていたのです。こんなクルマ、なかなか出てきませんよね。
ハリウッドでも主役級?ポップカルチャーに愛された“変わり者”
AMCグレムリンは、その奇抜な見た目とどこかコミカルな存在感から、映画やテレビ、音楽といったポップカルチャーの中でもたびたび取り上げられてきました。性能や高級感ではなく、“キャラ立ち”で魅せるタイプのクルマとして、特に80〜90年代の映画ファンにはおなじみの存在です。
最も有名な登場例のひとつが、1992年のコメディ映画『ウェインズ・ワールド(Wayne’s World)』。主人公ウェインが乗っているのが、なんとグレムリン。それも、ひときわ目を引くミントグリーンの個体です。劇中ではクイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」に合わせて大騒ぎする名シーンで、車内全員がヘッドバンギングを繰り広げるわけですが、あの空気感とグレムリンのチープで脱力系なルックスが、なんとも絶妙にマッチしているんですよね。
他にも、B級ホラーやサスペンス映画、果てはアニメやアメリカのドラマでも、グレムリンはちょいちょい姿を見せています。理由はシンプルで、「一発で印象に残るから」。普通のセダンやスポーツカーでは代えがたい、グレムリンならではの“あの感じ”が、映像の中にちょっとした違和感や笑いを生むのです。しかも、そこまで高価でも希少でもなかったので、撮影用の車両としても扱いやすかったという裏事情もあるとか。
その後、グレムリンはカスタムカーやフィギュアなど、マニア向けカルチャーの中でもじわじわと人気を獲得。実車のレストア車両がネットで話題になったり、ポップアートのモチーフに使われたりと、もはや“クルマ界のB級アイドル”としての地位を確立しました。
いわばグレムリンは、走る広告塔ならぬ“走るネタキャラ”。でもその「笑われることすら武器にしてしまう」図太さと存在感が、現代の視点で見ると逆にとってもクールなのです。
小さなボディに秘めた野心──グレムリンXというもうひとつの顔
AMCグレムリンというと、どうしても「変な見た目」「カワイイけどヘンテコ」などのイメージが先行しがちですが、実はこのユニークなクルマ、かなりガチな“走り”のバリエーションも用意されていたのです。それが「グレムリンX」と呼ばれる高性能モデル。文字どおり、“見た目に騙されるな”の代表格でした。
グレムリンXの最大の特徴は、なんとV8エンジンを搭載していたこと。ベースモデルは直4や直6を積んでいましたが、XはAMC製の5リッターV8(304キュービックインチ)を搭載。しかもマニュアルトランスミッションの設定まであり、数字的には最高出力150馬力を誇っていました。これ、車重が約1200kgという軽量ボディにしてはなかなかのパワーで、ゼロヨンもそこそこ速かったそうです。外観も専用のグラフィックやホイール、ブラックアウトされたグリルなど、当時流行の“マッスルカー風味”をしっかりまとっていました。
とはいえ、グレムリンXは正統派マッスルカーというよりは、「小型車でもパワーが欲しい」層へのちょっとした遊び心の提案。若者や個性派ユーザーに向けた、“自分だけのクルマ感”をくすぐる仕掛けだったのです。クライスラーのダスターやシボレー・ノヴァなど、同時期のコンパクトマッスル勢と並ぶ、ちょっと変化球な一台としてファンを獲得しました。
さらに一部では、このグレムリンXをベースにしたドラッグレース仕様のマシンや、パフォーマンスチューニングされたカスタムカーも登場。小さくて軽いボディに大排気量を詰め込んだこの構成、クルマ好きならニヤリとせざるをえません。コミカルな見た目の裏で、実はちゃんと“走れるやつ”だったという二面性が、今見てもグッとくるんですよね。
つまり、グレムリンXは単なるネタ車ではなく、時代を先取りした“おもしろスポーツ”の走りとも言える存在。小さくて、目立って、意外に速い。そんなギャップが、このクルマを今なお語りたくなる一台にしているのです。
まとめ:
AMCグレムリンは、見た目こそ「変なクルマ」として語られがちですが、その背景にはアメリカ車史における変革の波と、AMCという“アウトサイダー”のしたたかな戦略がありました。ホーンテットのリアをカットして作られたボディ。ユーモア満載の広告。ポップカルチャーへの浸透。そして小さなボディに大きなエンジンを詰め込んだグレムリンXのようなサプライズまで、1台のコンパクトカーがここまで多面的に語られる存在になるのは珍しいことです。
決して万人受けするスタイルではなかったかもしれませんが、だからこそ刺さる人には深く刺さる。乗っても語っても、どこか笑えてクセになる。そんな魅力を持つグレムリンは、まさに「アメリカ車の変化球」でありながら、その球筋はしっかり時代を捉えていました。
現代ではすっかり見かけなくなりましたが、レストアされた個体がイベントやSNSで話題になるたびに、「やっぱりこいつ、ただ者じゃないな」と思わせてくれます。グレムリンは、合理主義と遊び心が正面衝突して生まれた、“アメリカン・レトロ”の代表格なのかもしれません。