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サーブ・900 ターボ:ターボ時代を切り開いた革新サルーン


サーブ900 ターボ(初代・3ドア)諸元データ

・販売時期:1978年~1993年(ターボ仕様は1978年登場)
・全長×全幅×全高:4660mm × 1680mm × 1420mm
ホイールベース:2510mm
・車両重量:約1250kg
・駆動方式:FF(前輪駆動)
・エンジン型式:B201
・排気量:1985cc
・最高出力:145ps(107kW)/ 5000rpm
・最大トルク:24.5kgm(240Nm)/ 3000rpm
トランスミッション:4速MT(後に5速も登場)
・サスペンション:前:マクファーソンストラット / 後:トレーリングアーム
・ブレーキ:前:ディスク / 後:ディスク(初期型はリアドラム)
・タイヤサイズ:185/70 R15
・最高速度:約200km/h
・燃料タンク:63L
・燃費(欧州複合モード):約9〜10km/L
・価格(当時日本仕様):約340万円
・特徴:
 - 市販車初の電子制御式ターボを搭載
 - フロントヘビーながら優れた直進安定性
 - 戦闘機メーカー由来の独特な安全設計と内装

 

1970年代末から1980年代初頭、クルマ業界はひとつの革命を迎えていました。そう、それが“ターボ元年”。時代の風に乗って速さと効率のバランスを追い求める各社がターボ技術に挑む中、スウェーデンの一風変わったメーカーが先陣を切って登場させたのが「サーブ900 ターボ」でした。

サーブと聞いてすぐに顔が浮かぶ人は少ないかもしれません。でもこのクルマ、知れば知るほどクセになる。戦闘機メーカーとしてのルーツ、空力と安全性を突き詰めたボディ設計、そして一足早く市販車にターボチャージャーを搭載する先見性──どれをとっても他に似たものがない、いわば“北欧の異端児”です。

今回はそんなサーブ900 ターボ(初代)にフォーカスして、その技術革新の中身や、まるで飛行機のような設計哲学、そして映画やサブカルの中で放ってきた存在感まで、3つのトピックに分けてじっくりご紹介します。ちょっとクセが強いけれど、それがたまらなく魅力的。そんな一台に、少しだけ恋をしてみませんか?

ターボ元年を切り開いた先駆者──FFスポーツという選択肢

1978年、サーブは市販車として世界に先駆けて“実用的な”ターボエンジンを搭載した「900 ターボ」を市場に送り出しました。もちろん、それ以前にもポルシェ911ターボなどは存在していましたが、それらは高価で扱いの難しい“じゃじゃ馬”。それに対してサーブ900 ターボは、日常使いにも耐える扱いやすさとパワーを両立した、まさに“庶民派ターボ”の元祖といえる存在でした。

サーブが選んだのは、2リッター直列4気筒SOHCエンジンにターボチャージャーを組み合わせるという構成。当時としては珍しいことに、電子制御によるブーストコントロールが導入されており、低回転から実用トルクを発揮。これにより、ターボラグが少なく扱いやすい特性が実現されていました。最高出力145psという数値は、今となっては控えめに見えるかもしれませんが、軽量なボディと高トルクによって発進時の力強さは群を抜いていました。

さらに注目すべきは、当時としては非常に珍しい「前輪駆動(FF)」という選択肢。FRが主流だったスポーツモデルの中で、FFターボを組み合わせたこの構成は一部から“異端”とも揶揄されましたが、サーブは頑なにこの形式を貫きました。理由は明快で、「雪国スウェーデンでの実用性と安定性」を最優先したためです。トルクステアなどの課題はあったものの、前輪荷重の高さによるトラクション性能は高く、滑りやすい路面でも安定した加速が可能でした。

結果として、サーブ900 ターボは“走り”と“日常性”を両立させたスポーツセダンとして、熱狂的なファンを生み出すことに成功します。ただの速さだけじゃない、独自の思想と工学的アプローチで“異色のターボスポーツ”としてのポジションを築いたのです。これがのちに続く多くのFFターボ車にとって、大きな道標になったことは間違いありません。

空を飛ぶクルマ?戦闘機メーカーが生んだ異形のサルーン

サーブというメーカーの最大の特徴は、自動車メーカーである前に“航空機メーカー”だったという経歴にあります。第二次世界大戦後、民間向けの製品開発に着手することになったサーブは、自らの航空技術を自動車にも応用することで、まったく新しい価値観をクルマに吹き込むことに成功しました。そしてその代表作こそが、初代サーブ900です。

まず目を引くのは、なんとも特徴的なプロポーション。滑らかなフロントノーズと切り立ったリアデザイン、広大なフロントガラス──それらすべてが「空力」を意識した設計で、実際に風洞実験によってデザインが決められたというから驚きです。ボンネットの開き方も、普通とはまったく逆の“前ヒンジ・後方開閉式”。これは整備性の向上と、万一の事故時にボンネットが運転席側へ食い込むことを防ぐための工夫でした。

インテリアに目を移せば、そこはまさにコックピット。ドライバーを中心にスイッチ類が配置され、ダッシュボードの角度やスピードメーターの視認性も、戦闘機の設計思想そのものです。これは「人間中心設計(Human Centric Design)」という当時では非常に先進的な思想に基づいたもので、長時間の運転でも疲れにくく、安全に運転できるよう配慮されていました。

そしてサーブが誇るもうひとつの哲学が「安全性」。クラッシャブルゾーンを明確に設計し、側面衝突への強さを意識した骨格構造、衝突時に乗員を守るための変形構造など、現代のクルマにも通じる考え方がすでにこの時代から盛り込まれていました。ボディ剛性も非常に高く、当時の他車と比べて「ドアを閉めた音がまるで金庫」と評されたほどです。

つまり、サーブ900はただの変わり者ではなく、戦闘機のような合理性と、安全性へのこだわりを形にしたクルマだったのです。見た目のクセは強い。でも、その裏には理詰めの設計と哲学が詰まっていました。

最後の“純サーブ”、900が背負ったブランドの魂

サーブ900(初代)は、ある意味で“サーブというブランドそのもの”を象徴する最後のモデルだったとも言えます。その理由は、このクルマが誕生から設計、開発、生産まですべてスウェーデン国内で行われ、なおかつGMゼネラルモーターズ)の資本が入る前の「純サーブ」時代の集大成だったからです。

サーブはもともと、航空機製造会社の自動車部門として誕生し、独自のエンジニアリング哲学を貫いてきたメーカーです。他社の流行やコストダウン圧力に流されることなく、あくまで「安全性」「空力性能」「実用性」という3本柱を軸に、地道に設計を重ねる姿勢を崩しませんでした。初代900ターボも、そうした“職人魂”が込められた一台です。

実際、このモデルを境にサーブの自動車事業は徐々に変化していきます。1989年にはGMが株式の50%を取得し、1993年にフルモデルチェンジされた次世代900(通称「NG900」)からはオペルのプラットフォームがベースとなります。もちろんそれでも“サーブらしさ”は一定レベルで保たれていましたが、初代900のような徹底した独自性と、開発現場の自由さは徐々に薄れていきました。

だからこそ、クラシックカー愛好家たちは口を揃えて言います。「最後のサーブは初代900だった」と。どこか不器用で、無駄が多いように見える設計。でも、そのすべてに意味があり、こだわりがある。そんな機械がかつて存在していたことを、我々はもう一度見つめ直す必要があるのかもしれません。

初代サーブ900は単なる古いクルマではありません。サーブという思想、北欧の価値観、そしてエンジニアたちの夢が詰まった、走る哲学書のような存在なのです。

まとめ

サーブ900 ターボ(初代)は、一見すればただの“変わったクルマ”かもしれません。けれども、その奥に宿る思想や技術に触れれば触れるほど、その唯一無二の魅力に引き込まれてしまう──そんな中毒性を持った一台です。

世界に先駆けてターボチャージャーを“使える形”で実用化し、それを前輪駆動と組み合わせるという大胆な発想。デザインは戦闘機の思想そのままに空力と安全性を突き詰め、インテリアもコックピットさながらの設計。そして何より、そのすべてをスウェーデンという国の中で、自らの哲学を貫いて作り上げた「純サーブ」としての誇りがありました。

流行に流されず、自分たちが正しいと信じる道を進み続けたサーブ。そんなブランドの魂が、もっとも濃く、もっとも熱く込められていたのが、この初代サーブ900 ターボです。クラシックカーとしての価値だけでなく、“考え方”として未来に語り継がれるべき名車だと、胸を張って言えるでしょう。