ルノー・フエゴ 諸元データ(1980年式・TL/GTL)
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全長:4,365 mm
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全幅:1,690 mm
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全高:1,320 mm
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ホイールベース:2,440 mm
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車両重量:約980〜1,010 kg
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駆動方式:前輪駆動(FF)
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エンジン種類:直列4気筒 OHV
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排気量:1,397 cc(TL)、1,647 cc(GTL)
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最高出力:64 PS(TL)、73 PS(GTL)
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最大トルク:10.2 kgfm(TL)、12.3 kgfm(GTL)
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トランスミッション:4速マニュアル(TL) / 5速マニュアル(GTL)
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サスペンション(前):マクファーソンストラット式
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サスペンション(後):トレーリングアーム式
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ブレーキ:前輪:ディスク / 後輪:ドラム
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最高速度:155 km/h(GTL)
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0-100km/h加速:約13.5秒(GTL)
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燃料タンク容量:55リットル
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タイヤサイズ:155 SR 13(TL)または 165 SR 13(GTL)
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乗車定員:5名
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発売開始年:1980年
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生産終了年:1986年(フランス本国)
1980年、フランスの自動車メーカー・ルノーが世に送り出したスポーティクーペ「フエゴ(Fuego)」。その名前はスペイン語で「炎」を意味し、情熱的なスタイリングと革新的な技術で当時の自動車界に新風を巻き起こしました。中でも特筆すべきは、世界で初めて赤外線によるキーレスエントリーシステムを採用したという事実。この機能は現代の自動車では当たり前の装備となりましたが、その原点が1982年に登場したフエゴにあることは、意外にも知られていないかもしれません。
また、空力性能を重視した流麗なフォルムや、デジタル表示を多用した未来的なインテリア、幅広いエンジンラインナップなど、時代を先取りする姿勢は随所に見て取れます。フランス車ならではのエスプリと、テクノロジーへの果敢な挑戦が融合したフエゴは、単なるGTカーにとどまらない「語るべき物語」を秘めています。
この記事では、そんなルノー・フエゴの魅力を「デザイン」「世界初のキーレスエントリー」「走行性能」という3つの視点から紐解き、その革新性と美学を掘り下げていきます。
時代を駆け抜けた流麗なクーペ ― フエゴのデザイン哲学
1980年代初頭、クーペといえば直線的で力強さを前面に出したデザインが主流でした。そんな中、ルノー・フエゴは一歩先を行くアプローチで登場します。ベースとなったのはルノー18のシャシーですが、ボディには大胆なウェッジシェイプと丸みを帯びた曲線が多用され、空力性能を強く意識したシルエットに仕上がっていました。Cd値(空気抵抗係数)は当時としては優秀な0.32を誇り、見た目の美しさだけでなく実用面にも配慮されたことが分かります。
特に印象的なのは、リアウインドウが大きく傾斜して後方まで回り込む独特な造形。これにより、クーペでありながら実用的な荷室容量を確保しつつ、視覚的な軽快さも演出しています。また、細身のAピラーやロングノーズ・ショートデッキのプロポーションは、視覚的な安定感とスポーティさを兼ね備えており、欧州車ならではのバランス感覚が光ります。
内装もまた、未来的かつ機能的な世界観を持っていました。デジタル式の燃料計やインフォメーションディスプレイ、人体工学に基づいたスイッチ類の配置など、ドライバー中心のコックピットを実現。とりわけ、メーターパネル周辺の角度や視認性は当時としては異例のこだわりようでした。
フエゴのデザインは、ルノー社内のデザインチームとイタリアの有名カロッツェリアとの共同作業によって磨かれた結果です。エレガンスと機能性を融合させ、単なる移動手段ではなく「所有する喜び」を感じさせてくれるスタイリング。その思想は、のちのルノー車にも受け継がれ、現代に通じるデザインDNAの源流の一つとも言えるでしょう。
世界初のキーレスエントリー ― フエゴが切り拓いた未来
今日、私たちが当然のように使っているキーレスエントリーシステム。その始まりは、1982年にルノーが投入した1台のクーペ、「フエゴ」にありました。赤外線によるリモート・セントラルロッキング、いわゆる“キーレス”の技術を世界で初めて市販車に搭載した車こそ、フエゴなのです。
このシステムは、フランスのサプライヤー「ヴァレオ(Valeo)」と共同開発されたもので、当時の技術水準を大きく超える革新でした。操作方法は、現在のような電波式ではなく赤外線方式。リモコンを車に向け、ボタンを押すことでドアロックが解除される仕組みでした。赤外線のため、直線上で車に向けて操作する必要はあったものの、鍵穴に物理的にキーを差し込む手間から解放された体験は、多くのユーザーに驚きと感動を与えました。
この装備は、フエゴの上級グレードに標準またはオプションで用意され、ラグジュアリーかつ先進的な装備として大きな注目を浴びます。当時の自動車雑誌や展示会でも話題となり、ルノーがいかに「人と車のインターフェース」にこだわりを持っていたかがうかがえます。今日では「スマートキー」や「ハンズフリーエントリー」といった進化系が当たり前となりましたが、その先駆けが1980年代初頭にすでに存在していたというのは驚くべきことです。
フエゴのキーレスエントリーは、単なる利便性の向上にとどまらず、「技術がライフスタイルを変える」ことの象徴でもありました。鍵を使わずに車にアクセスするという小さな革新が、後の数十年の自動車文化に多大な影響を与えたのです。
この技術の採用によって、フエゴは単なるスタイリッシュなGTカーではなく、自動車の未来を先取りしたテクノロジーの実験台としても語り継がれる存在となりました。そしてその精神は、ルノーというブランドが常に掲げてきた「大胆さと革新性」を今に伝える象徴でもあります。
実力派GTとしての一面 ― スペックと走行性能
ルノー・フエゴは、その美しい外観や先進的な装備ばかりが語られがちですが、実は「走り」においても見逃せない実力を秘めていました。フランス車らしいしなやかな足まわりと、ツーリング性能を重視したセッティングにより、**見た目以上に“走れるクーペ”**だったのです。
エンジンラインナップは時期と市場により異なりますが、当初は1.4L、1.6L、2.0Lの直列4気筒が用意され、のちにはインジェクション仕様やターボモデルも追加されました。中でも注目すべきはフエゴ・ターボ。1.6Lターボエンジンは、最高出力132psを発揮し、当時のヨーロッパ市場におけるミドルクラスGTとしては非常に優れたパフォーマンスを誇りました。0-100km/h加速はおよそ9秒前後。今の基準では控えめに感じるかもしれませんが、1980年代前半としては俊足な部類に入ります。
駆動方式はFF(フロントエンジン・フロントドライブ)ながら、ハンドリングは軽快かつ安定しており、高速道路での巡航性能は折り紙付きでした。特に長距離移動における静粛性と快適性は高く評価されており、「見た目だけのクーペではない」という意外性をもってドライバーを魅了しました。
また、ターボモデルでは足回りの強化やブレーキ性能の向上も図られており、GTカーとしての素養をしっかり備えていた点も見逃せません。フエゴはあくまでも日常で使えるクーペとして設計されていたものの、その裏には「ル・マンで名を馳せたアルピーヌとの技術的連携」も垣間見える部分があり、実に奥深い味わいを持つ車でした。
つまり、フエゴは「見せかけのスポーツカー」ではなく、エレガンスと実用性、そして走行性能をバランスよく融合させた実力派GTだったのです。この絶妙なバランスこそが、当時の欧州ユーザーから長く愛された理由にほかなりません。
まとめ
ルノー・フエゴは、デザイン・技術・走行性能の三拍子を高次元で融合させた、まさに時代を先取りしたフレンチ・クーペでした。世界初のキーレスエントリーという革新をいち早く取り入れた姿勢は、ルノーの挑戦的な精神を象徴するもの。美しさと機能性を兼ね備えたデザイン、快適かつ実用的な走行性能は、現代でも色あせることのない魅力を放ち続けています。忘れ去られるには惜しい、隠れた名車と言えるでしょう。