キャデラック・セビル(1976〜1979年)
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全長:5,182 mm
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全幅:1,800 mm
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全高:1,420 mm
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ホイールベース:2,845 mm
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車両重量:1,880〜2,000 kg
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エンジン:5.7L V8(
オールズモビル製)、後に6.0L V8も設定 -
最高出力:180〜190馬力(ネット値)
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駆動方式:FR(後輪駆動)
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ミッション:3速AT
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燃費:5〜7 km/L(実測ベース)
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特徴:コンパクト・ラグジュアリーという新ジャンルの開拓者。GMのダウンサイジング戦略の象徴。
キャデラック・セビルは、一見するとアメリカンドリームの象徴を凝縮したかのような、大胆不敵な高級感を放つ車です。1970年代後半に登場したこのモデルは、当時のキャデラックとしてはコンパクト路線を取り入れた革新的な存在でした。とはいえ「コンパクト」とはいえど、アメリカの感覚での話。日本から見れば充分にゆったりとしたサイズ感で、街中を走れば否が応でも注目を浴びます。セビルと聞くだけで胸が躍る方もいれば、「昔見たあの四角くて威厳あるやつだ」というイメージを抱く人も多いかもしれません。私自身、その堂々たる姿に一目惚れした記憶があります。しかし華麗なる外装だけでなく、ときに手間のかかるメカトラブルや、維持費に笑えないほどのコストがかかるなど、セビルにはもはや愛すべきクセ者の香りすら漂っています。それでもなお、このモデルが持つ存在感や伝統の重みは、乗る人に誇りのようなものを与えてくれるのです。まさに人生の相棒として、時には微笑み、時にはしかめ面を見せながら、我々を高級車の世界へと誘ってくれる──そんな車がキャデラック・セビルなのです。その華やかさと扱いづらさが同居する姿は、まるで名脇役が主役級のオーラを放っているようにも思えます。
気高きボディラインが醸すアメリカン・オーラ
キャデラック・セビルのエクステリアデザインに焦点を当ててみると、まず多くの人が「キャデラックがこんなに小さいなんて!」と驚いた時代背景が浮かび上がります。とはいえ、当時のアメリカ車としては相対的にコンパクトだっただけで、日本の路上では充分に存在感がありました。まるで映画のスクリーンから飛び出してきたような、四角いボディラインとどっしりとしたフロントフェイスが「ただ者じゃない」という雰囲気を漂わせています。フロントに鎮座する巨大なグリルや、トランクに向かって収束する独特のリアエンドなど、セビルならではの伝統を感じさせる意匠も見逃せません。
それまでのキャデラックが強調してきた、まるでシャンデリアを積んだかのような派手なメッキ装飾やうねるようなボディラインとは一線を画し、セビルはやや控えめながらも威厳を失わない絶妙なバランス感を獲得しました。これは当時のヨーロッパ高級車に対抗すべく、キャデラックが新境地を切り開こうとした証でもあります。その結果、やはり国産車とはまったく異なるスケール感や素材使いでありながら、一種の上品さを醸し出すことに成功しています。若い頃の私が「いつかは乗りこなしてみたい!」と憧れたのも、この洗練された存在感にほかありません。一方で、大柄なボディのわりに狭い駐車場へ入れるのは至難の業で、日本のショッピングセンターの立体駐車場を前に心が折れかけた方もいるとか。そんな苦労も「セビルに乗るなら仕方ないよな」と笑ってしまえるのが、この車の大らかさとオーナーの度量を示していると言えるでしょう。まるで、ステーキを運ぶウェイターが巨大な銀の皿を手にしているような圧倒的なフロントマスクに、惹きつけられずにはいられません。あるいは、この巨大なボディが生み出す陰影が、街角のネオンサインを反射してまるでラスベガスのような雰囲気を作り出す瞬間さえあるのです。
大排気量の快感とメカのジレンマ
次に注目したいのは、キャデラック・セビルのパフォーマンスとメカニカルな側面です。歴代モデルによってエンジンやサスペンションの仕様は異なり、一概に「これがセビルの乗り味だ」と断定するのは難しいところではあります。とはいえ、アメリカ車らしく大排気量エンジンを搭載し、アクセルを踏み込むと低回転から豊かなトルクでぐいぐいと前へ進む感覚は、まさに豪快そのものです。高速巡航に入れば、ソファの上でくつろぎながら移動しているような穏やかな乗り心地が味わえ、そのままグランドキャニオンまでノンストップでドライブに出かけたくなるほどの余裕を感じます。
しかし、こうしたパワフルさは時に燃費の悪さという代償をもたらします。ガソリンスタンドで給油メーターがどんどん上がっていくのを見ながら、何とも言えない背徳感に襲われるのもセビルの“醍醐味”のひとつかもしれません。さらに、エンジンルームの構造が複雑で、整備性が悪いという声もよく耳にします。「どこをどうやって外せばあの部品に手が届くのか……」と整備士が頭をかかえる姿を見て、オーナーとしては複雑な気持ちになることもあるでしょう。もっとも、そこに目をつぶってでも味わいたい圧倒的なパワーと、ゆったりとしたクルージング性能こそがセビルの真髄とも言えます。
また、電子制御技術が発達し始めた時期に導入されたモデルでは、エンジン制御や乗り心地を調整するシステムが先進的でありながら、後年になるとトラブルの温床になるケースもしばしば報告されています。ハイテク好きにはたまらない半面、故障したときの修理費は驚くほど高額になることもしばしば。そんな懐の深さ(あるいは底の深さ)も含めて、セビルを所有すること自体がひとつの冒険なのです。大げさに言えば、これはアメリカという国の懐の大きさを象徴しているとも言えるかもしれません。セビルのエンジン音を聞きながら走っていると、荒野に伸びる一本道で風を切るカウボーイになった気分さえ味わえるのです。
贅沢な車内と所有の悦び
最後に、キャデラック・セビルのインテリアや所有することのエピソードに触れてみましょう。車内に足を踏み入れれば、贅沢なレザーシートと広々とした空間が乗員を迎え入れてくれます。これこそがアメリカンラグジュアリーの神髄で、どこに座ってもふんわりと身体を包み込み、「移動時間を快適に過ごしてください」と言わんばかりの余裕が感じられます。ウッドパネルやクロームのアクセントは一見派手そうでいながら、セビルの外観に通じる落ち着きがあり、高級車としての風格を損なわない演出がなされています。
ただし、そのゴージャスな内装も年式によっては経年劣化が目立ちやすく、ダッシュボードのひび割れやレザーシートの乾燥など、オーナーの頭痛の種になる点は少なくありません。しかも、修理や内装のリペアパーツを探そうとすると、「どうしてこんなに高いの!」と叫びたくなるような金額が待ち構えていることも。とはいえ、その苦労を引き受けてでも手元に置いておきたくなる魅力がセビルにはあります。たとえば、同じくアメリカの超豪邸に住む大富豪に会ったというオーナーの話では、セビルをガレージにしまうだけでなく、リビングの一角に展示して眺めるのだとか。車というより、もはや美術品として扱っているような感覚すらあります。
そして、オーナーズクラブの集まりに足を運べば、年式や仕様が違うセビルが一堂に会し、まるで社交パーティのような華やかさを見せます。ときには部品の情報交換や修理ノウハウの共有が行われ、同時に誰かが笑い話のように語るトラブルの数々に、周囲が「わかる、わかる」と頷いている光景も珍しくありません。結局のところ、手間とお金がかかるからこそ、お互いに助け合いながらセビルと付き合っていくというコミュニティが生まれるのでしょう。こうした輪の広がりも、セビルを所有する醍醐味のひとつなのかもしれません。まさに、移動手段以上の価値を提供してくれるのがキャデラック・セビルという車なのです。
まとめ
以上、キャデラック・セビルの魅力や苦労話をざっと振り返ってみました。気品あふれるデザイン、ゆったりとした乗り心地、そして時に笑ってしまうほど手間のかかる一面を併せ持ったこの車は、単なる移動手段を超えた存在として多くの人を虜にしています。試行錯誤しながらも、その特別な個性を愛し抜いた先にこそ、本当のセビルの魅力があるのかもしれません。ひとたびその世界に足を踏み入れれば、もう一生抜け出せないかもしれない──そんな底なしの魅惑を秘めた存在。それがキャデラック・セビルです。