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イソ・イセッタ:戦後の自動車史に残る小さな革命

 

イソ・イセッタ(Iso Isetta) 諸元データ

  • 製造メーカー:イソ(Iso SpA)
  • 生産期間:1953年 – 1956年
  • ボディタイプ:2ドア(フロントヒンジ式ドア)マイクロカー
  • 全長:2,290 mm
  • 全幅:1,370 mm
  • 全高:1,320 mm
  • ホイールベース:1,500 mm
  • 車両重量:330 kg(モデルによって異なる)
  • エンジン:空冷 単気筒 236cc 2ストローク
  • 最高出力:9.5 PS(7 kW)
  • トランスミッション:4速マニュアル(後退なし)
  • 駆動方式:後輪駆動(エンジン横置き)
  • 最高速度:約85 km/h
  • 燃料消費率:リッターあたり約20 km
  • 乗車定員:2名
  • サスペンション:前輪:トレーリングアーム / 後輪:リジッドアクスル
  • ブレーキ:ドラムブレーキ(前後)

 

 

1950年代、ヨーロッパの自動車市場は戦争の傷跡が残る時代でした。人々は経済的な困難の中で移動手段を必要とし、それまでの大型自動車ではなく、より小さく、経済的な車が求められていました。そんな時代背景の中で誕生したのが、イソ・イセッタという個性的なマイクロカーです。イセッタは、戦後のモータリゼーションにおいて独特の地位を築き、後にBMWによっても生産されることになりました。

イセッタは、そのユニークなデザインとコンセプトで人々の注目を集めました。前面に大きなドアを備え、エンジンは小排気量ながら効率的で、狭い都市部でも快適に走ることができました。さらに、こうした小型のクルマは、一般的に「バブルカー(Bubble Car)」というニックネームで総称されていました。その名の通り、丸みを帯びたコンパクトなデザインは、まるでシャボン玉のような愛らしさを持っており、人々の心を惹きつけました。

また、「イセッタ(Isetta)」という名前は、イタリア語の「Iso(イソ)」に小さいものを意味する「-etta」がついたもので、「小さなイソ」といった意味を持っています。これは、もともとスクーターや電化製品を作っていたイソ社が、新たに小型車を開発したことを象徴するネーミングでした。

イソ・イセッタの誕生と特徴

イセッタの誕生は、イタリアのイソ社によるものです。イソ社はもともと冷蔵庫やスクーターを製造していたメーカーでしたが、戦後の需要の変化に伴い、自動車市場へ参入を試みました。1953年に発表されたイソ・イセッタは、従来の自動車とは異なるマイクロカーというカテゴリーに属するものであり、その小さな車体とユニークなデザインで大きな注目を浴びました。

イセッタの最大の特徴は、前面に備えられた大きなドアです。一般的な車のように側面にドアを設けるのではなく、フロントパネル全体がドアとして開閉する仕組みが採用されました。この設計は、狭い駐車スペースでも乗降しやすくするという実用的なメリットを持っていました。また、ドアが開くと同時にステアリングホイールも前方へ倒れるため、乗り降りの動作がスムーズになっています。

エンジンは単気筒の小型エンジンで、排気量はわずか236ccと非常にコンパクトでした。このエンジンは経済性に優れており、燃費の良さがイセッタの魅力の一つでした。最高速度は85km/h程度と決して高速走行向きではありませんでしたが、都市部での移動には十分な性能を持っていました。

さらに、イセッタは三輪と四輪のバージョンが存在していました。三輪モデルは特に税制上の優遇措置を受けることができたため、ヨーロッパの多くの国で人気を博しました。シンプルな構造と軽量なボディにより、維持費が安く、庶民の足として愛されたのです。

BMWによるライセンス生産とその影響

イソ・イセッタの斬新なデザインと実用性は、ドイツの自動車メーカーであるBMWの目に留まりました。1954年、BMWはイソ社からライセンスを取得し、BMWイセッタとして生産を開始しました。当時、BMWは戦後の厳しい経済状況の中で経営の立て直しを図っており、イセッタのような小型で経済的な車が必要だったのです。

BMWイセッタは、イタリア版と比べていくつかの改良が施されました。エンジンはBMW製の四ストロークエンジンに変更され、排気量は250ccから300ccへと拡大されました。この改良により、性能が向上し、より快適な走行が可能になりました。また、BMWイセッタの四輪モデルを標準とし、安定性を向上させることで安全性の強化も図りました。

興味深いことに、BMWが生産したイセッタの方が、オリジナルのイソ社製イセッタよりもはるかに多くの台数を生産しました。BMWイセッタは、1955年から1962年までの間に16万台以上が生産され、大成功を収めました。対して、イソ社製のイセッタは生産台数が1万台程度にとどまっており、OEM版がオリジナルを超えるケースとなったのです。

BMWイセッタは、1950年代後半にかけて大ヒットを記録しました。特にドイツでは、当時の経済成長と相まって、多くの人々にとって手頃な自動車として普及しました。戦後のモータリゼーションを支えた一台として、BMWイセッタは重要な役割を果たしたのです。

また、BMWイセッタの生産を手がけたことで、同社の技術力やブランドの信頼性が再評価される契機となりました。結果として、BMWはその後の自動車開発において新たなステップを踏むことができ、現在のプレミアムブランドとしての地位を確立する基盤を築くことになりました。

まとめ

イソ・イセッタは、1950年代のヨーロッパにおいて革新的な存在でした。その小型で実用的な設計は、多くの人々にとって手の届く移動手段となり、戦後のモータリゼーションの一翼を担いました。イタリアのイソ社によって生み出され、後にBMWによるライセンス生産を通じてさらなる発展を遂げたイセッタは、自動車史において特異なポジションを確立しています。

現在でも、イセッタクラシックカーとして愛され続けており、レストアされたモデルがイベントやコレクター市場で注目を集めています。その愛らしいフォルムと歴史的価値は、多くの自動車ファンの心を惹きつけてやみません。時代を超えて語り継がれるイセッタの物語は、今後も自動車史において色あせることなく輝き続けるでしょう。